第64話 身代わり

 案の定、情報はすぐに俺の手元に集まる。

 街中を駆けまわる騎士たち、それを避けて走るジール。

 それらの様子が、死霊たちの視覚を通じて俺の頭の中に送られてくる。

 あまり急ぎでないときはそれぞれと対面して直接に報告を受けるのだが、今はそんなことをしていると時間の無駄なのでこうしている。

 実のところ、これは結構な負担で、いくつもの視覚を同時に処理しなければならないので、かなり訓練がいることだ。

 ただ、俺はその辺りの修行は前世で二百年にわたってこなしてきた。

 今更、このくらいのことでどうこうということにはならない。

 もしも、死霊術を覚えたての死霊術師が俺が今やっていることと同じことをすれば、すぐに鼻血を流して崩れ落ち、そのまま永遠に目覚めない、なんてこともありうるので真似はしてほしくない。

 俺が今使っている死霊現界の術は、死霊術のうちでも初歩であり、やろうと思えば大した実力がなくても出来てしまう。

 死霊術がかつて、普人族の間で禁忌扱いされていたのは、その術自体が強く闇の性質を帯びる、ということの他にこういう簡単であるのにも関わらず一歩使い方を間違えると術者の命まで奪いかねない恐ろしい術が大量にあるからだ。

 未熟な者が使用すれば大災害すら招きかねず、だからこそ禁忌に、というのはある意味で正しいことなのかもしれない。

 俺の場合は良い師匠に恵まれ、細心の注意を払って修行を積めたからいっぱしの死霊術師になることが出来たが、生半可な術師に学べば酷いことになる……どころか、弟子を生贄に使いかねない者もいるからな。

 死霊術にはそういった術もある。

 おいそれと素人が手を出すには落とし穴が多すぎるのだ。

 だからこそ、死霊術を極めるためには、他の魔術についても深く精通していなければならなかった。

 寿命の短い普人族には酷な魔術だったのは否めない。

 今の世でも、死霊術はあまりいい扱いも受けていないのだろうな……と考えつつ、死霊たちの視界を見ると、ジールの向かう方角に何があるのか分かって来た。


「……あれは、うち捨てられた教会、か」


 まだジールは辿り着いていないようだが、おそらくはそことで間違いない。

 領都ラインバック、そのはずれ……というか、城壁の外側に存在する崩れ落ちかけている石造りの建物。

 植物の蔦が全体をはい回り、もやは本来の用途を為していないそれは、どう見ても教会の建物だった。

 なぜあんなところにあるのかと言えば、おそらくはこの領都ラインバック黎明期のものなのだと思われる。

 ラインバックがどのように発展してきたかは詳しいことは調べていないので分からないが、初期の頃から教会と共に発展させてきたのかもしれない。

 だからこそ、インビエルノ大聖堂という大きな教会がラインバックでも比較的、街の中心に近い位置に存在するのだろう。

 今ジールが向かっている廃教会は街の発展と共に手狭かつ場所が辺鄙なところ過ぎ、うち捨てられたのだと思われた。

 墓所の類はまた別のところにあると聞いているから、あえて整備もせずに放置された結果、あのような状態になったわけだ。

 

「場所が分かれば……あとは行くだけだ。ロザリーたちの不在がばれないようにしないとな。どれ……」


 俺はそれから、ここに来るにあたって持ってきた荷物の中から、もっとも奥まった場所にしまっていた袋を取り出す。

 その袋を開け、中身を床にばらばらと出した。

 白く見慣れた物体がそこに広がるが、ここにたとえば先ほどのメイドや、ロザリーたちがやってきたら驚愕することだろう。

 なぜなら、転がっているのは、真っ白い骨だからだ。

 大きさは、ちょうど俺くらいの子供のもの……というか、俺の骨格を模したものだ。

 本当に人間のものではなく、レーヴェ村周辺で集めた動物や魔物の骨を砕き、死霊術と錬金術の技術を使って構築しなおしたものである。

 人のものを使った方が本当は効率もいいし、何より簡単なのだが、流石にそれをするのは気が引けた。

 レーヴェの村で人の骨を集めようと思ったら墓荒らししか方法がないし、安らかに眠る村人たちを無理に起こすことは俺の本意ではない。

 死霊術師ならそれくらい朝飯前だろう、と多くの人が思う所だろうが、邪法に傾いた死霊術師ならともかく、自分で言うことじゃないかもしれないが、俺のような真っ当な死霊術師であれば死者やその亡骸に対する敬意があるものだ。

 そこをないがしろにしては死霊術師としては大成できない。

 邪法に傾いた死霊術師とは、時間や労力のかかる修行を省いて、より簡単に強大な力を得ようとする愚か者のことだ。

 俺はそんなことはしない。

 昔の普人族からすれば、俺もそのようなものに見えていたようだが、心外な話だ……と今言っても仕方がないか。


 ともかく、骨だ。

 この骨は俺の骨を模したもので、こういうときに使おうと考えてわざわざこつこつ作り上げていたものだ。

 俺は骨を人のそれと同様に配置してから、唱える。


「……形持たぬ霊の素よ、我が身を模した人形ひとがたに一時、仮初の生を与えたまえ――《偽りの偶人ファルスース・プーパ》」


 俺がそう唱えると同時に、転がっていた骨が闇色の光に包まれて、魔力が満ちていくのが見える。

 満ちた魔力は徐々に骨の周囲に神経や肉を形作り初め、そして最後には滑らかな肌でそれらを包んだ。

 光は少しずつ収まっていき……完全に消えると、そこにあったのはただの骨ではなく、俺とそっくりの容姿をしたものだった。

 《偽りの偶人ファルスース・プーパ》は死霊術の一つであり、術者が意図した存在の容姿と思考を模倣する人形を作り出す魔術である。

 他の魔術にも似たようなものはあるが、死霊術のこれが優れていることは、その気になれば、本人の記憶や思考を完全にトレースできる、ほぼ同じ性能の存在を生み出せることだろう。

 その代わり、骨組みを用意したりするなどの前準備が必要になってくるのだが。

 骨なしで行うとかなり性能が低下したり、話しかけると決まった返答しか出来ないような、中途半端なそれこそ人形が出来てしまう。

 魔術は万能のように思われることが多いが、それを実現するためには工夫が必要なのだ。

 

「……さて、調子はどうだ?」


 俺が尋ねると、人形は言う。


「問題ない。俺はここで眠っていればいいな? ロザリーたちが来たらジャンヌ達のことを適度に心配したふりをしておこう」


「よし。では俺は行ってくる。頼んだぞ」


「あぁ、頑張ってくれ。ただ、もしお前が死んだら、俺が代わる・・・が、いいな?」


 不穏なことを言った人形。

 この言葉の意味は、そのままだ。

 俺が死んだことを誰にも言わず、そのまま俺に成り代わって生活し続ける、という意味だ。

 死霊術の怖いところは、こういう、下手をすると人生ごと、術によって奪われかねないことが少なくないことだろう。

 とはいえ、俺には慣れっこである。

 俺は人形に笑いかけ、


「そうならないように努力するよ」


 そう言って窓から身をひるがえし、ジールの下へと急いだのだった。

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