第65話 牢屋

 廃教会は死霊たちの視界から見た通りの姿をしていた。

 当然だろう。

 ただし、今そこには死霊たちの視界から見た時には感じられなかった、不穏な気配も宿っている。

 誰かしらがここに侵入し、待っている。

 そんな気配だ。

 ジールは先に到着して中に入っているはずだ。

 死霊たちとの魔術は今は解けており、俺の視界はいつも通りのものへと戻ってしまっているため、どこにいるのかは分からない。

 もう一度、死霊現界を使ってもいいが、これくらい近くだとジールや、ケルドルン侯爵を襲ったと言う男に気配を気づかれる可能性もある。

 死霊自体は見えないが、魔術の気配というのはベテランには感じられてしまうものだからな。

 特に、戦闘態勢に入って意識が鋭く緊張している者には……。

 それでも大丈夫だとは思うが、無理に使うこともない。

 ここは慎重に行こう。


 ◇◆◇◆◇


 廃教会とはいえ、未だその内部はしっかりと建物としての形式も残している。

 ところどころ崩れているし、天井がない部分も存在していて、いつ全体が崩壊してもおかしくはないという感じもするが、今のところはまだ、大丈夫そうだ。

 ここにおいて、俺がまずすべきことは、ジャンヌを探すことである。

 攫った男と一緒にいるのであれば簡単だが、別の場所にいるとすると少し手間だ。

 ただ、その方がジャンヌの安全性は確保されるからいいかもしれないが……。


「……!! ……とは!」


 静かに通路を進んでいくと、奥まった場所から声が聞こえて来た。

 聞き覚えのある声、ジールのものだ。

 より近づいていくと、そこはどうやら礼拝堂のようで、未だ残っている十字架の下に、真っ黒なローブの男が立って剣を構えていた。

 それに相対している、後姿のジール。

 表情は見えないが、しかし燃えるような怒りがその身に宿っていることはここからでも感じられた。

 そのジールに対し、ローブの男は言う。


「……あんたさえ、教会を裏切らなければこんなことにはならなかった。たとえここであんたが俺を倒せたとしても、教会があんたを諦めることはないぜ。分かってるんだろう?」


「……それは枢機卿の理屈だろう。私は教皇聖下に正式に許されて神聖騎士を辞した。今更そんなことを言われる筋合いはない」


「はっ。どこまで行っても平行線だなぁ。まぁ、いいぜ。決着はこれでつければそれでいいんだ。その方が俺も楽だから、なッj!」


 そう言って、ローブ姿の男は地面を踏み切り、ジールに迫る。

 速度はかなりのもので、相当の手練れであることがそれだけでも察せられた。

 しかし、ジールとて並の剣士ではない。

 男の一撃をその剣で受け、弾き飛ばす。

 堂々とした剣技は、やはり神聖剣のもので、優雅で美しかった。


「……流石、やりやがる。なら次は……!!」


 二人の戦いは続くが、それについてはとりあえず俺は置く。

 ジールについてはそれほど心配しなくていいだろうからだ。

 仮にジールが負けるとしても、彼は剣士である。

 一対一の戦いに水を差すのは却ってよろしくない。

 だから俺が一番の目的とすべきはそれではなく、ジャンヌだ。

 どうも見る限り、ジャンヌの姿は礼拝堂の中にはないようだ。

 なら、別のところにいるのか……。

 一体どこに……。


 そう思っていると、ジールと戦っている男が間のいいセリフを言ってくれた。


「……地下室にいるお嬢ちゃん、放っておくと死んじまうかもしれねぇぜ? ははっ!」


 へぇ、地下室にいるんだぁ。

 と俺は思った。

 ローブ姿の男としてはジールの動揺を誘った台詞だったのだろうが、俺にとっては問題の答えを簡単に教えられた感覚でしかない。

 死んでしまうかも、というのは聞き捨てならないが……今の気温や天気を考えると言っている意味は割と明確な気がする。

 雨が降り出しており、地面に水が染みだしているからだ。

 気温は肌寒く、五才の娘には堪える。

 あまり長く放っておくと、確かに死にかねない。

 大の男なら大丈夫だろうが、ジャンヌではな……早く助けてやらないと。


 しかし地下室は……どの辺りかな。

 入り口を探さなければ。

 礼拝堂のある部屋にある様子ではないから、もっと違う場所だろう。

 そう思って、俺はさらに教会の中を歩く。

 地図があるわけでもなかったので探すのは難しいものかと思うが、実際のところそうでもない。

 というのは、教会の作りというのはどこも似通っていて、大体、間取りを見ればどこに何があるのかは分かるものだからだ。

 案の定、少し歩き回ったところ、地下室に続く階段はすぐに見つかった。

 おそらくは、昔、保存食の保管などに使われていたのだろう。

 周りに樽や瓶の残骸と思しきものが転がっていて腐食している。

 階段を下りていくと、そこは薄暗く、ネズミや虫が行きかった。

 不気味だな……ジャンヌは大丈夫だろうか。

 そう思ってきょろきょろと見回すと、ちょうど奥の方に鉄格子によって区分けされている部分を見つける。

 牢屋か。

 ということは、保存食置き場、なんてものではなく、罪人を閉じ込めていく場所だったか、もしくは修行中の神官への懲罰をする房だったのかもしれない。

 あのローブ姿の男はそれを利用したのだろう。

 鉄格子はかなり錆が見えるが、それでもまだ使用に耐えていることから、最近までここを何かに勝手に使って手入れしていたものもいたのかもしれない。

 それでも古いのは間違いなく、壊そうと思えば壊せそうだが、流石に五歳の娘には無理だろう。

 鉄格子の向こうには、


「……ひっく……ひっく……」


 としゃくりあげているジャンヌが膝をついて座っていた。

 怪我はないようで、風邪をひいている感じでもない。

 体調もよさそうだ。

 ただ、酷く怯えてはいるが……とりあえず安心させるかな?


「……ジャンヌ。……ジャンヌ!」


 俺がそう、鉄格子の向こうに声をかけると、ジャンヌはびくり、と肩を振るわせた後、声に聞き覚えがあることに気づいたのか、驚いたような視線で俺を見つめる。

 今、俺は目立たないようにローブを被っていたが、ジャンヌの視線に答え、ローブのフードを下した。


「……えっ!? あ、アイン!?」

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