第66話 救出
「どうしてこんなところにいるんですの……?」
不思議そうな顔で俺を見つめるジャンヌに、とりあえず言ってみる。
「助けに来たに決まってるだろ?」
……決まった。
いや、冗談だけどな。
しかしジャンヌは結構、きらきらした視線で俺を見つめ、
「あ、アイン……ありがとうございます。嬉しいですわ……!!」
そんなことを言う。
それでも頭に冷静なところはまだ残っているようで、
「でも……どうやってここまで? アインがいくら凄くても、一人では来れないのでは?」
と指摘してきた。
これには一応の言い訳を用意してある。
「あぁ……期待させておいて悪いけど、一人で来たわけじゃないんだ。実は、屋敷に不思議な人がやってきて……ジャンヌの居場所が分かるっていうんだ。それで、これから助けに行くが、自分だけで行くとジャンヌが怪しむだろうから、着いて来てくれって言われて……」
そんな奴いない。
俺がこれから作るのだ。
ただ、この教会内で、ではなく外に出てからだな。
ジール達に気づかれる。
話の内容としては大分苦しい気もするが、五才の子供に対するものだし、俺も五才なのだ。
先の事考えてない行動だ、とか、もっと怪しめとか大人なら言うだろうが、ジャンヌ相手ならまぁ、いいだろう。
「そんな方が……」
「あぁ。今はジール師匠たちを見ててくれてる……外で落ち合おうって話になってるから、行こう」
「師匠もここに?」
「そうなんだけど……師匠は俺がここにいることを知らない。もし、ジャンヌが屋敷に戻っても、俺がここにいたことは誰にも言わないでくれないか?」
「どうしてですの……? せっかく助けてくれるのに、それではアインの功績がなかったことになってしまいますわ……」
「いいんだよ。そもそも、勝手に抜け出してきたから、知られたらロザリーに怒られてしまうじゃないか。それに……俺をここまで連れてきてくれた人も、あんまり素性を知られたくないみたいなんだ。彼は勝手に屋敷に侵入しているわけだし、それを説明したら捕まってしまうかもしれない。俺も細かく話を聞かれると色々喋ってしまうかもしれないし……それなら、俺はここにいなかったってことにした方がいい。そうするとジャンヌだけ色々聞かれるかもしれないけど、フードを被ってて顔もあんまり見えなかったって話してくれればいいからさ」
やっぱり苦しいかな?
ただ、これ以上は無理だろう。
先にその謎の人物を作って連れてきても良かったが、魔力だけで作るとやっぱりジールみたいなのにはバレる可能性があるからな。
中々に難しいところだ。
骨組みを作っておけばバレにくいのだが、あれは結構作るのが手間で俺一体分しかまだストックがない。
今のところがこれくらいが限界だ。
ジャンヌは俺の台詞をどう思ったのか。
それは分からないが、少し考えたうえで、頷き、
「……分かりましたわ。このことは、アインとわたくしの秘密です」
「よかった……ありがとう、ジャンヌ」
そう言って鉄格子越しに手を握ると、ジャンヌは少し頬を赤くしていた。
にしても、手が冷えているな。
可哀想に。
さっさと出してやらなければ。
「そうそう、ジャンヌ。とりあえずそこから出すから、少し下がってくれるか?」
「えっ? ええ……」
一体俺が何をする気なのかよくわからなかったのだろう。
首を傾げたジャンヌだが、言った通り下がってくれた。
俺は屋敷からちゃっかり持ってきた木剣を構え、そこに気を注ぐ。
気の力は魔術を使うよりもばれにくく、ここで使っても問題ないと思われるからだ。
そして、俺は木剣を鉄格子に向かって振るった。
――ガギン!
という音がして、鉄格子がバキバキと折れる。
鉄格子の上部分だけなのでこれではまだ不十分だ。
だから、俺は鉄格子の下の方を狙ってもう一度同じことをした。
すると、鉄格子はちょうど、四角形に切り抜かれたような形となり、人が一人、しかも子供一人くらいなら容易にはい出せる隙間が出来た。
「……ジャンヌ。おいで」
そう言って手を差し出すと、目を見開いていたジャンヌが、
「は、はい……」
と頷いて、手を差し出し、それからおどおどとした様子で牢屋から出てくる。
これでもう安心だな。
あとは家に送り届けるだけだ。
それから、俺たちは来た道を戻っていく。
途中、ジールとあの男の戦っている礼拝堂も通ったが、無視して通り過ぎる。
声が聞こえていたのでジャンヌは覗きたがっていたが、今は危険だと引っ張った。
流石にジャンヌも事態が緊迫していることは分かっているのだろう。
素直に諦め、そのまま俺たちは廃教会を出た。
そして、教会から少し離れると、俺はジャンヌに気づかれないようにひそかに魔術を発動させる。
完璧を期したいときとか、魔力を節約したいとき、また、複雑な魔術を扱うときは詠唱もするが、そうでないときは無詠唱も使う。
また、詠唱せずとも熟練している場合には省くことも多い。
今使おうとしているのは死霊術ではなく、他の魔術……具体的には地魔術に入るのかな。
その中の、《
これは概ね、俺が先ほど使った《偽りの偶人》と同系統の魔術で、言うことを聞く人形を作り出す、というものだ。
違いは何かと言われると難しいところだが、端的に言うと死霊を使っているか使っていないか、というところだろうか。
いわゆる、魂の無い人形を作るのが、《
この言い方も結構乱暴で、魂とは何かということもはっきりとはしていない部分もあるのだが……とりあえずはそういうことだ。
これによって術の効果の様々な部分に大きな違いが出来るのだが、今はいいだろう。
少なくとも、人の命令を聞く人形が作れる、人形の形や大きさは術者の腕次第、ということは同じだ。
俺はこれによって、先ほどジャンヌに説明した謎の人物を作り出すことにしたわけだ……。
……あの辺りでいいな。
なんとなく、陰になっている木の後ろに発動させると、そこに人形が出現したことを俺は感じる。
それに対する命令は術を構築する段階で叩き込んである。
あまり複雑なものではなく、ジャンヌを屋敷に連れて帰ること、届けたらさっさと逃げてどこかで消滅すること、それとジャンヌに色々聞かれても細かいところは無言で通すこと、ぐらいなものだろうか。
それと、出てくるときの演出染みた台詞も二、三……という感じである。
実際、その木の影から人形が出てくると、ジャンヌは、
「……ひっ」
と少し驚いた声を出す。
真っ黒いローブをはためかせた怪しげな男。
というのはまさに彼女を攫った男と似通った格好だものな。
その辺り、配慮すべきだったかもしれないが……顔を隠すとなるとローブを着せるのが最も簡単で手っ取り早かったので仕方がない。
「ジャンヌ。大丈夫だ。さっき説明した人だよ……。連れて来ました」
俺がその人形に話しかけると、人形は言う。
「……よし。では、屋敷に連れていく。お嬢さん、少し眠っているんだ……」
それに合わせて、俺が魔術を発動させる。
睡眠の魔術だ。
こいつには急いで屋敷まで行ってもらう予定なので、かなり怖い機動をすることになるからな。
加えて、俺はこいつと一緒に戻るつもりはない。
だからジャンヌには眠ってもらっておくわけだ。
ただし、全部こいつがやったことだ、という言い訳を用意するため、色々会話した。
ジャンヌに魔術は良く効き、すぐに、すぅ、と寝息を立てる。
それから人形は、
「……では、行ってまいります。主」
と、人工的な色を帯びた声で言い、ジャンヌを脇に抱えて走り出した。
俺はそれを確認し、再度、廃教会に戻る。
その理由はもちろん、ジールとあの男の決着を見るためだ。
事情も出来ればもう少し詳しく知りたいところだが……それは難しいかもしれないな。
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