第88話 重ねる言い訳

「これらですか……またどうしてこの三つを選んだのですか?」


 セシルが俺にそう尋ねてくる。

 もちろん、俺がこの三つの本を候補として選んだことには確かな理由があるが、それを語るのは結構まずい気もする。

 色々とぼやかしつつ、しかし納得してもらえるように話さなければ……。


「ええと……まず、《現代魔術概論》ですけど……」


「……はい」


「先日、《魔術とは何か》という本を読んだのです。それで、面白く思ったのですけど……その先の本が手に入らなくて。でも、この本の著者を見ると、リリ・シェーンベルクと書いてありました。これは《魔術とは何か》の著者と同じです。だから、きっと楽しく読めるんじゃないかと思って……」


「学院長の本を読んだことが……なるほど。たしかにあれは良い本ですからね。さらに深く学びたくなるのもよくわかります。ですけど、それにしては難易度が高すぎるような……もっと難易度の低い魔術の書物もいくつかあったと思いますけど?」


 鋭いところをついてくるな。

 しかし、これにも俺は一応のいいわけを持っていた。


「確かにいくつかありましたけど、どれも著者が知らない人でしたから。一通り、同じ人の本を読んでから、他の人の本を読んだ方が、筋が通った理解が出来るんじゃないかと思ったんです。魔術って、人によって考え方が違ったりするのでしょう?」


「それをご存じですか……。アインくん。きみは王立学院にいたらいい生徒になったでしょうね。確かに、その考え方は正しいです。始めに色々な人の話を広範に聞く、という方法もありますが、これだと量が膨大になりがちですし、結局ごちゃごちゃになったりする場合もあります。それよりかは、一本筋の通った理屈を自分の中に先に作っておくのは、学問の徒として有用ですね」


 どうやら今度こそ、心から納得してもらえたようだ。

 次に、セシルは、


「では、こちら《先端魔術研究》は? これは流石に高度に過ぎるのではないですか?」


 確かにそれもその通りである。

 内容をちらっと見たが、どのページを見ても極めて先端的な魔術の難解な構成や仮説が記載されていて、基礎知識もないようなものが一見して理解できるようなものではなかった。

 しかしだ。


「その本には、たくさん図が載っていて、面白かったので……。他の本では見たことがないような、面白い図が」


 それはたとえば複雑きわまりない重層魔法陣の展開図だったり、人界と精霊界と神界、そして魔界の関係を図によって表したものだったりと、通常の書物にはあまり記載されていないようなものだ。

 そういったものは芸術とは少し違うかもしれないが、それと似たような美しさがあるもので、ただ絵として綺麗だから、という評価を持つ者がいたとしてもなんらおかしくはない。

 だから、そういう説明をしたわけだが、通るか……?

 セシルは俺の言葉に首を傾げつつ、ぱらぱらと書物の中を見る。

 そして図の載っているページを見るにつけ、


「あー、なるほど……確かにただの絵としてみると綺麗かもしれませんね。だから欲しいというのはなんだか子供っぽい理由ですが……子供ですもんね。おかしくないかぁ」


 とぼんやりと納得してくれた。

 最後に、


「残ったのは、《転移魔術に関する仮説》ということになりますが……これは普通の書物と言うより論文ですよ。しかも全く立証されていない……なんでこんなものを……」


 何でといわれてもな。

 本音を言うなら、転移魔術について興味があるからだ、としか言えない。

 あれは前世においてもよく研究されていた分野だが、結局大規模な設備を作らなければ実現できなかった魔術だ。

 それの縮小化、簡易化に関しての仮説が記載されているのだ《転移魔術に関する仮説》である。

 ちらっと読んだ限り、俺の前世における研究と比べても中々に筋の通った話が書かれていて、非常に参考になるのは間違いなく、熟読したくてたまらないものだった。

 今すぐに、というのは流石に無理だろうが、あれを読みつつ、研究を続ければそのうち実現できるかもしれないからだ。

 個人で使用できる転移魔術が完成すれば、どこにでも一瞬で行けるようになる。

 これは非常に大きなことだ。

 世界は広く、前世、長く生きた俺でもほとんどの土地に足を踏み入れたことはない。

 今世、俺がどれだけの年月生きられるかは、たとえいつか《不死化イモータライズ》したとしても分からないが、永遠ではないのは確かだ。

 どんなものであれ、必ず滅びる。

 それまでに、行ける限りのところに行ってみたいだ。

 多くのモノを見て、多くの人と会い、多くの事を為す。

 それが俺の今世における目標である。

 だから、そのために移動時間を少しでも短縮が可能な技術というのは喉から手が出るほど欲しい。

 

 しかし、そんな話をセシルにするわけにもいかないのだ。

 ただ、夢として、語る分にはいいのかな?とふと思う。

 子供の夢だ。

 でっかいでっかい夢だ。

 それを大人がバカにすることは許されざる行為である。

 つまり、反論しがたいはずだ……。

 よし、これでいこう。

 そう思って俺はセシルに言う。


「……確かに、すっごく難しくて、とても読めませんでした……」


「では、どうして……」


「でも、転移魔術って、いつか、誰かが使えるようになるのでしょう?」


 俺の突然の言葉に、セシルは若干面食らったような表情になりながらも、


「え、ええ……」


 と答える。

 俺は畳みかけるように続ける。


「これは、仮説みたいですけど、一生懸命これを読んで、いつか読めるようになって……それで、僕が転移魔術を使える初めての人間になりたいなって。そう思って。今は読めなくてもいいんです。目標として、持っておきたいなって……」


 我ながら、中々の話の出来ではないだろうか。

 というか、嘘ではないからな。

 読めはするし、内容も理解できるが、ただ、転移魔術はこれだけでは使えるようにならない。

 しかし、いずれは……というのは本当のことだ。

 だからこそ、少しずれた話でも熱を入れて話すことが出来たと思う。

 そのことが功を奏してか、セシルは、


「……アインくん」


「はい?」


「わたし……わたし……!」


「はい……」


「感動しましたっ!」


 そう言って、ばっ、と俺のことを強く抱きしめる。

 近づいた顔は思いのほか、滑らかで美しく……じゃなかった、その瞳の端には涙が浮かんでいて、言葉通り本当に感動しているらしいことがわかった。


「アイン君は、その年にして、大きな夢を持っているんですね! だから、そんなにいろんなことを覚えて、頑張っているんですね……!!」


 いや、そういうわけじゃなくて、ただ前世の記憶を持ったずるなんだけどな、と思わないでもないが、言えないので黙って聞く。

 それから、セシルは、


「……よし、私決めました。アイン君の夢、私も応援しますよ!」


「え? ええ……ありがとうございます」


「ロザリーさんも応援しますよね?」


 ここで、報酬の話については黙っていたロザリーも話をふられ、答えざるを得なくなり、


「え? あぁ。それはもちろんだ。かわいい甥っ子だものな」


「あぁっ! それは良かった! これで、話は決まったようなものです……」


 セシルはロザリーの言葉にそんなよくわからない台詞を言う。

 それから、セシルは、


「では、アイン君。君がほしがっていた三冊は、すべて差し上げましょう。これで依頼は完了です。私はこれからしなければならないことがありますので、今日のところはこれで……」


 そう言って、俺たちは追い出されてしまったのだった


「……今日のところは?」


 最後の部分に若干の不安を覚えなかったわけではない。

 ただ、


「……まぁ、これで初依頼は達成と言うことだ。アイン、よかったな」


 ロザリーに改めてそう言われて、なんだか今世で、仕事を成し遂げた、という初めての経験に、心の奥からうれしさがこみ上げ、セシルの台詞の意味については忘れてしまった俺だった。

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