第87話 依頼達成
セシルの反応を見て、どうやら仕事には満足してもらえたらしい、とそれで理解する。
しかし、その後、セシルは、
「……これで、一階はもうオーケーですね! では、二階をお願いしてもいいでしょうか? 私の寝室とか私的な部屋ばかりなので自分でやろうと思っていましたが、こんなに綺麗にしていただけるのなら、ぜひお願いしたいです!」
そんなことを言った。
……まぁ、そもそも二階も、というか家全体の掃除をするつもりだったので構わないのだが、少しばかりの躊躇を感じないでもない。
年頃の女性の寝室に入って良いものか、と。
だが、俺の体は五歳である。
そう言う意味では問題ないのか、と一人納得したので、
「分かりました。ロザリー、二階もやろう」
「ああ」
そう頷いたロザリーとともに、階段を上る。
*****
「……これは、一階とは別の意味で酷い……」
「そうだな。一階は本だらけだったが、こちらは服に……魔道具の部品か?」
転がっているものを分類するに、概ねその二種類に集約される。
服は上着から下着まですべて網羅されているし、魔道具の部品は魔石からネジまで無秩序に転がっていた。
これは骨が折れそうだ、と思うが、本よりは重量が軽いものばかりだ。
これなら、通常の身体能力自体は普通の五歳時よりちょっとある、くらいでしかない俺でも十分にものを運べる。
下の掃除に関しては、本は一度にあまり量を運べなかったので、大抵はロザリーにやってもらってしまったからな。
魔力や気の力を使えば十分に活躍出来ただろうが、そこまで魔力をコントロールしているとはまだ感づかれるわけにもいかないし、気の方は本当にまだ制御出来ていないので下手に使うと本を破壊しかねなかったので使うわけにはいかなかった。
「ええ、そうですね……。あっ、汚くはないですよ? ちゃんと洗濯してますから。でも、気づいたらその辺に広がっちゃってて」
服のことを言っているのだろう。
確かに、汚れた服はなさそうなのが不思議だ。
一階に洗濯物はまとめられていたのは見たので、言っていることも本当なのだろう。
しかし、いったいどうやったらこんなにちらかるのか……。
明日の服を何にするか悩んでいくつも並べて、決めた奴以外を放置しているとか?
ありそうだな……。
「それと、魔道具の部品関係はこちらの方にまとめていただけると……。魔石も転がっていると思うので、踏まないように注意してください。たぶん、全部魔力は抜いてあると思うんですけど、そうじゃないのもあるかもしれないので……」
「……物騒な家だ。天然の罠だらけということか……」
ロザリーがそう言うのには理由がある。
魔石というのは中に魔力がこもったまま放っておくと何らかの魔法的現象を引き起こす可能性があるので、保管するとき、魔力を抜いておくのが通例だからだ。
そんなものをその辺に転がしておくと……そこが魔力だまりになったり、そこからいきなり火が出たりとかする可能性もある。
もちろん、滅多にないことなのだが、それでも危険なのは危険だ。
「火事が起こっても最悪、うちが燃えるだけで済みますからね……って冗談ですよ? 全部魔力は抜いてある……つもりなんですって」
本気なのか冗談なのかそんなことを言うセシル。
流石にそこまで危険な行為をしている、とは思いたくないでの彼女の主張はとりあえず信じておこう。
ただ……。
「それでも気をつけて片づけよう。ロザリー」
「そうだな……足下には要注意だ。昔、魔力が入ったままの魔石を踏んで足を吹き飛ばした男を知っているぞ。あれは迷宮でのことだったがな……」
しみじみとそんなことを語るロザリー。
懐かしがっている表情だが、俺としては洒落にならないなと言う気持ちにならざるを得ない。
ともあれ、掃除はしなければならない。
依頼なのだ。
気を引き締めて、とりあえず服をまとめるところから始めた俺たちだった。
*****
「片づいた、かな」
「あらかた終わったと言っていいだろう……見違えたものだな」
ロザリーが額の汗を拭ってそんなことを言う。
実際、俺たちの視界に広がるセシルの家の二階の風景は、最初とは様変わりしている。
足の踏み場もなかった床は一階と同じくしっかりとピカピカになっている。
手動で雑巾掛けを念入りにしたからな。
窓も同様だ。拭く前はなぜか煤で汚れており、磨り硝子のようになっていたからな。
今もそこまで質のいいガラスではないから、外の景色が綺麗に見える、というわけでもないが、歪んで見えるだけで煤けてはいないだけでもかなり違う。
そこここに広がっていた服もすべて棚かクローゼットの中にグラデーションがかかっているような順番で入れ込んである。
クローゼットの扉を開けば美しい並びがそこに現れるのである。
実際、セシルはそれを見て飛び跳ねそうなほどに喜んでいる。
「ここに引っ越してきて、ここまでクローゼットが美しくなったのは初めてですよ……! おそるべし、アインくんとロザリーさん!」
そんなことを言いながら。
「では、これで依頼は完了ということでよろしいでしょうか?」
俺が尋ねると、セシルは頷き、
「もちろんです! 報酬は本一冊、でしたね。もう決めていますか?」
こう尋ねてきたのは、俺たちが本の整理をしたことからそのタイトルや内容についてはすでにだいたい網羅しているだろう、と推測してのことだろう。
片づけは出来ないのに頭の回転はやはり元教師らしく早い。
本当はやろうと思えば出来るのかもしれないけどな、片づけ。
「実のところ、まだ迷ってまして……」
「そうなんですか? うーん。とりあえず、どの本か教えてください。一階へ行きましょう」
*****
《現代魔術概論》《先端魔術研究》《転移魔術に関する仮説》
そう題された書物が机の上に置かれている。
これが、俺が今、どれをもらおうか悩んでいる書物であった。
いずれも俺にとってはかなり有用そうで、どちらにしろいつか手に入れようと思っているものだ。
しかし、今、即座に手に入れるとなると……どれがいいかな、と悩んでいるのだった。
本来ならロザリーにも聞かなければならないところだが、彼女は、
「初めての依頼なのだ。報酬はお前が全部もらうといい。本など、私はその気になればいくらでも買えるしな」
と豪気なことを言って権利のすべてを俺が一人で行使することを許してくれた。
事実、ロザリーにとって本一冊程度の支出など何でもないのだ。
対して俺はそんな金などない。
ありがたい話だった。
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