第86話 分類

「では、お言葉に甘えて、さっそくお二人ともこき使わせてもらいましょうか。よろしいですか?」


 セシルがよっこいしょ、と年齢に似合わない年よりくさい台詞とともに立ち上がり、そう尋ねてきたので、俺たちは頷いた。

 それを確認したセシルは、少し考えて、


「……どこからやりましょうかね。じゃあとりあえず……私は二階を片づけますので、お二人には一階部分をお願いしてもいいでしょうか? 書籍はこちらの本棚に適当に詰めていただければよいので。入りらなくなった場合は……こちらにまとめておいてください。その後どうするかはそのとき考えましょう」


 と言った。

 かなり行き当たりばったりな片づけだが……まぁ、いいか。

 とりあえず頷いておこう。


「それではよろしくお願いしますね」


 セシルはそう言って、二階にあがっていく。

 そしてその直後から、二階で色々なものにぶつかる音や、何かが崩れる音が続いたが、少しのあと、シーンと何の音もしなくなった。


「……ねぇ、ロザリー」


「……放っておけ。私たちは私たちの仕事をすればいい。すべて終わったら二階に行くことにしよう」


 結構冷たい発言であるが、まさか死んだということもあるまい。

 そうなっていたら俺には死霊となったことが分かるが、幸い今のところセシルの死霊の存在は感じない。

 まだ生きている、ということだ。


「それで? どうする」


 ロザリーが尋ねてきたので、俺は首を傾げる。


「どうするって?」


「いや、お前が主体となって掃除するのだから、何か指示をくれるのかと思ってな。先ほど、セシルから片づけの方法を聞きながら、何か考えている様子だったし」


 と流石に鋭いことを言う。

 俺としては、セシルに言われたとおり、適当に本棚に詰めていくつもりはなかった。

 もちろん、その方が簡単に終わるだろうが、最終的な仕上がりを頭に想像すると、俺からすればとても許容できない状態になるからだ。

 掃除するなら完璧に。

 本棚に書物を並べるのなら完全な分類を。

 それが俺の前世におけるモットーである。

 普段はぐちゃぐちゃにしていた奴が言えたことではないのだけどな。

 ただ、今はその感覚で掃除した方がいいだろう。

 だから、俺はロザリーにその方針を説明する。


「……とりあえず、八種分類法に従って本を分類していきたいと思ってるよ。ハイドフェルド家やケルドルン家の図書室もその分類法を採用しているようだったし、メジャーなんでしょう?」


 本の分類法には色々とあり、かつての魔族においては十進分類法が主流だったが、あれは最初に定義づけをはっきりしないと無理だからな。

 今の時代にもあるのなら使うところだが、図書分類法の本に書いてなかったし、どこかで採用されなくなり、消えていったのだと思われる。

 代わりにもっと簡単な分類法が採用されたようで、それが八種分類法だ。

 本の種類を、歴史・法律・文学・錬金術・魔術・宗教・伝説・それ以外の八つに分けて分類するだけのもの。

 俺からしてみるとこれではちゃんと整理できない!と思ってしまうので、本来の十進分類法で分類したいところだが、使う人間……この場合はセシルがその分類を理解できなければ意味がない。

 だから、八種分類法でやるしかない。

 俺に出来るのは、せいぜいその中で、十進分類法の精神を読み込んでやるくらいだ。

 たとえば、錬金術関係の書物を、ただ適当に並べるのではなく、数学、物理、薬学、天文……という風に並べるとかな。それくらいなら許されるだろう。

 そう言う感覚に基づいて整理する前提で、ロザリーに八種分類法でいく、と言ったわけだ。

 これにロザリーは、


「お前、司書にでもなるつもりか? 私も一応、王立学院の図書室を利用するときに少し教えてもらったが、屋敷の図書室などを利用するときは適当に詰めているぞ」


 それを後で屋敷の使用人が直したりしているのを俺は見ている。

 だから俺はどこでも可能な限り、八種分類法にしたがって整理してる。


「やるなら完璧にだよ。もちろん、あんまり完全を求めすぎて結局時間が足りませんでした、じゃ依頼を受注した者として失格だから、しっかりと計画立ててやるよ。とりあえずは、大まかに書物を分類するところから始めよう。ロザリー」


「……まぁ、受けたのはお前だ。いわば、お前が大将だ。今の私はお前にしたがう一兵卒なのだ。好きに指示するといい」


 そう言ってロザリーは頷いたのだった。


 *****


 しばらくして……。


「うぅ……酷い目に遭いました……」


 そんなどこかで聞いたような台詞を吐きながら、二階からずるずるとセシルが降りてきた。

 まるで死体のような動きに親近感を感じた俺である。

 そんな彼女が、一階の様子を見て、


「……ん? あれ? ……えぇ!? こ、これは……っ!?」


 と驚いたような声を上げる。

 彼女の前には、今、俺たちがこの家を尋ねたときとはまるで異なる光景が広がっていた。

 まず、床がしっかりと見える。

 本が積まれていた地面はすべて綺麗に掃除されている。

 さらに、その本自体も、すべて書棚に収まっているのだ。

 とてもではないが、ここにあった本すべてを収納できるだけの数の本棚はなかったはずなのだが……。

 まさか、勝手に廃棄したのか?

 一瞬そんな不安を感じてあわてて降りてきたセシルであるが、しかし、降りてきて改めて周りを見て、違和感に気づく。


「……あれ、こんな本棚、うちにありましたっけ……?」


 見覚えのない本棚が、いくつかある。

 もちろん、それらにもしっかりと本が詰め込まれている。

 自分の家の本棚くらい覚えておけ、と思わないでもないが、あの状態だとどこに何があるかなど忘れてしまっても仕方のないことかもしれない。

 俺はセシルに言う。


「勝手なことかと思いましたけど、どうがんばってもすべては入りきりそうになかったので、作りました。材料は、近くの材木屋で端材をもらってきたので、ただですよ」


「えぇっ! そんなことまで……しかも、これ、しっかりと分類されていますね……」


「本が好きで、分類法については学んでいましたから」


「五歳で……すごい。それに……なんだか、普通の分類よりもさらに見やすいような……」


「八種分類をした後に、さらに細かく分類を作って並べました。だいたいこんな風になってますので……」


 俺はそう言って、実際に作った、というか昔の十進分類に基づいた分類の書かれた紙を手渡す。


「これが、ここで……これが、ここ……あぁ、なるほど! すごいわかりやすいですね。これ。すばらしい……!」

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