第195話 復元の可能性

「わしが何なのか分かったところで……わしが何故、ここにいるのか、じゃったな?」


 ゲゼリング老……厳密に言えば、ゲゼリング老をモデルにした使い魔人形が、俺にそう尋ねる。

 俺は頷いて、


「あぁ。あの爺さんがあんたをここに置いていったからにはそれなりに理由があるんだろうと言うのは察せられるが……しかしその理由が全く見えない。ここにはかつて魔導神殿だった残骸があるとは言え、周囲にはなにもない浮遊島だし……あの爺さんが遺跡の保護に凝っていたと言う話は聞いたこともない」


 研究のために遺跡に入り浸る、なんてことは普通にあったが、それならば自らがそこにいることだろう。

 わざわざ死霊術の力を借りて人形を作り管理させる、なんて手間をかけることはしないはずだ。

 死霊術は他の魔術と比べ、使い魔などを作り出したとき劣化が極めて少なく、長い年月、何かを稼働させるときに非常に都合が良いため、そのつもりでこの人形を作ったのだろう、というところはまでは想像がつくが……そうなると、自分がいなくなった後のことまで考えてこの使い魔を作り出したということになる。

 あの老人は深謀遠慮の人だったから、そこまで考えて何かするというのはありえないことではないが、しかしこんな崩壊した遺跡など残して何になるというのか……?

 そんな俺の疑問に、ゲゼリング老の人形は答える。


「そもそも、お主はこれを残骸じゃと言うが……」


 振り返って、俺たちが転移してきた転移装置の設置してあったあたりを見る使い魔。

 そこには、崩れた遺跡の残骸があり、転移装置はかつて存在した神殿の部屋の一室にあったことが理解できる。

 他にも崩れているとは言え、ある程度原型を保っている部分もあるのだが……やはり、現役の建物とはとてもではないが言えない。

 だから俺は言う。


「違うとでも言うのか? どうみてもただの遺跡だろう」


「そう見えることは否定せんがな。そもそも長い年月、一切の魔力が注がれぬ状態で放置されておったのじゃ。これほどまでに崩れたことも仕方がないと言えよう」


「……魔力? 建物が魔力で強化されていたということか。それが長い年月で魔力が抜け、強度を失い、崩れたと……?」


「惜しいのう。そうではない。ここにかつてあった建物、魔導神殿は、魔力によって形成された建物じゃった、ということじゃよ」


「なんだと!? 確かにそういった技術はかつて存在したが……魔導神殿のような巨大建造物を作り出せるほどのものではなかったはずだ。それに、どうやっても魔力が発せられるから、近くにいればそうだとわかる代物で……だが、俺は魔導神殿にいるとき、一度たりとも建造物それ自体から魔力を感じたことなど……」


「……ふむ。何故かはわからんが、かつての魔導神殿に参ったことがあるようじゃな。理由は……今は聞くまい。それで、お主の言っていることについてじゃが、それは全て正しい。まず、この魔導神殿は、太古の魔族たちの技術ですら作り出せぬ特別な存在じゃった。加えて、魔力をほとんど外に漏らすことなく建材へと変換することが出来たゆえに、魔力から発せられる波動をも感じられぬほどじゃった。じゃから、お主にも分からなかったのじゃろう」


「何を、言っている……魔導神殿は、魔族の手で作られた、魔族の心の拠り所で……」


「ある意味ではそれもまた正しいのじゃが……まぁ、全て説明するのにもこのままじゃとわかりにくい。お主、魔導神殿を復元するつもりはないかの?」


「……どういうことだ?」


 かつてのゲゼリング・ダッツを思い起こさせる不敵な笑みを浮かべながらそう言った使い魔に、警戒心が湧き出ないわけがなかった。

 しかし、言っていることに魅力を感じないわけでもなかった。

 今、この時代に、魔導神殿を復元する意味合いなどほとんどない。

 いっそ無意味と言っていい。

 ただ、俺にとっては……記憶に残る故郷の一部なのだ。

 それが在りし日の姿を保って、蘇るというのなら……それだけで深い意味がある。

 たとえ、祈る者が俺しかいないのだとしても、正しい姿を俺しか記憶していないのだとしても。

 それでもここにあの日の魔導神殿を蘇らせられるというのなら……。


 そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。

 使い魔は、


「どうやら、その気持ちはあるようじゃな。では、こちらへ来るといい……」


 そう言って崩れた神殿の奥の方へと進み出したので、俺は、


「あ、お、おいっ!」


 と手を伸ばすも、届かず、神殿の中へと消える。


「……アイン、どうするの?」


 黙って聞いていたネージュがそう尋ねたので、俺は、


「どうしたもんかな……」


 と本気で悩んで口にした。

 これにネージュは、


「あのお爺ちゃん、悪い人の感じはしないの。気になるなら、ついていってみてもいいと思うの」


 と素直な意見を述べる。

 いやいや、あのお爺ちゃんはかつて数え切れないほどの普人族を罠にかけた狡猾な奴なんだよ、と言いたくなったが、考えてみればそれをモデルにした使い魔に過ぎない。

 本人に感じた一種の悪辣さは確かになかった。

 あくまでもこの遺跡の管理のために、そういった人を罠に嵌めるような性格は取り除いて作った可能性が高い。

 そう考えると……まぁ、ついていっても良さそうな気がした。

 そもそも、気になって仕方がないのだ。

 ついていかない、という選択肢はそもそもないな、と思った。

 だから俺はネージュに言う。


「……そうだな。じゃあ、ついていってみることにする……ネージュは待っててくれていいぞ。正直、絶対安全とは言えないからな」


「ううん。私も気になるの。それに、なんだか面白そう」


 どうやら好奇心が湧いてきているらしい。

 確かに、古い時代の謎の遺物である。

 どんなものなのか知りたい、見てみたい、と思うのが人の情というものだろう。

 ネージュは竜だが、好奇心は人より竜の方が強いらしいしな……。

 仕方なく、俺はネージュに言う。


「危ないと思ったら速攻で逃げるんだぞ。殿は俺がつとめるから」


「……そうならないように祈るの」


「それは俺もそうだ……よし、行くぞ」


 俺とネージュは覚悟を決めて、使い魔の向かった暗がりへと進んでいく。

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