第194話 古馴染みの影
振り返ると、そこに立っていたのは気配希薄な老人だった。
「……あんたは……」
「ふむ。驚いておるようじゃの……しかしそれも当然であろうな。たった今の今まで、わしの気配など感じなかったじゃろうからの」
老人の言葉に、ネージュが、
「そうなの! びっくりしたの! 私、こんなことアイン以外に初めて!」
と無邪気に言った。
彼女のセリフを普通に聞けば、十五歳ほどの少女のそれにしか聞こえないので大したことがないように思える。
しかし実際には彼女は百年以上の時を生きた真竜なのだ。
まだ真竜としては若輩者の方に入るとはいえ、彼女に全く気配を感じさせずに近づくことなど、並の人間にかなう事ではない。
にもかかわらず、老人はそれを為したのだ。
しかも……俺も、気配は感じなかった。
その上、今も継続して感じない。
ただ、俺は実のところそこまで驚いてはいなかった。
この老人が現れたことにはもちろん驚きはしたが、気配を感じないのは実力的におかしなことではないからだ。
つまり、俺の知っている顔……。
「ほう、お嬢ちゃんはそのナリで実は結構な実力者じゃったりするのかの? 太古の昔であればそのようなことも少なくなかったじゃろうが……はて。確か今はそれほどの者はいないはずじゃが……」
老人はネージュの言葉に首を傾げながら言った。
「そうなの?」
ネージュが尋ねると、老人は言う。
「そうじゃよ。かつてここ、魔導神殿を中心とした街を、国を築いた種族、太古の魔族たちであればお嬢ちゃんほどの容姿であっても中々に侮れない者がおったと言う。かの種族はその腕っぷしに強い誇りを持っておったというからのう」
「ふーん。でも私、魔族じゃないの」
「そう見える。じゃが普人族でもあるまい?」
「うん」
「であれば……。まぁ、今はそれは良いか。それより、そちらの
そう言って俺の方を見つめた老人に、俺は言う。
「……まぁ、細かいことはいいだろう。それより、あんた……ゲゼリング・ダッツ老だよな? どうしてこんなところにいる?」
そう、この老人の顔に俺ははっきりと見覚えがあった。
魔導士然としたローブを纏い、好々爺風の人好きのする顔立ちと笑みを浮かべながらも、常にその頭の中には膨大な知識と深遠なる知恵とが渦巻いている、そんな老人。
彼の扱う魔術は数千とも数万とも言われ、いつの頃ともはっきり言えないほど古くから魔王の横に侍り、支え続けた生き字引。
それは、かつての四天王、《狡猾なる魔手ゲゼリング・ダッツ》その人である。
しかし……あの人がこんなところにいるのは、おかしい。
確かにここは《魔大陸・魔導神殿》であり、魔族
この人が生きていたのは数千年は昔のはずだからだ。
魔族の寿命は長かったし、特に魔人のそれはエルフなどに近いところがあったが、それでも千年を超える者は珍しく、数千年となれば不可能な程度だ。
つまり、あの当時すでに老齢にあったはずのこの人がここにいるわけがない。
それなのに、現実に今、彼はここにいるのだ。
俺の言葉に眉根をあげたゲゼリング老は、
「……はて、その名を知っておるとは……もしや、会ったことがあったかのう?」
そう言ったので、俺は呆れて、
「あんた、とうとうボケたのか? いくら見た目が変わっていると言っても、あんたなら俺の魔力を見れば俺が誰なのかくらい、すぐに分かるだろう」
それは買い被りではなく、本音だった。
俺は確かに普人族の体に転生してしまっているが……それでもゲゼリング老ならばすぐに気づく。
魔力の質や大きさに変化があっても、この身に渦巻く死霊魔術の気配を必ずそれと気づき、そして俺の反応などからすぐに正答を導き出せる。
そのはずだからだ。
しかしゲゼリング老は俺のそんな言葉に深く納得したように頷き、それから意外な言葉を口にする。
「お主の反応の理由はわかった。昔の……わしの本体に会ったことがあった、ということじゃろう? しかし残念じゃが、わしはゲゼリング・ダッツ本人ではない。彼が自らをモデルに作り出した、使い魔に過ぎぬ……より正確にいうなら、
「……何!? 悪いが、観察させてもらう……」
ゲゼリング老本人であれば、決して魔眼の類が通ることがないことを知っているため、無駄にかけたりはしなかったが、そうではないというのであれば是非もない。
それに、彼の言っていることが本当なのか確かめる必要があった。
そしてその結果は……。
「……確かに、霊質を基礎にして作られた、人形のようだな。あの人は死霊術師ではなかったから、誰かの協力を得てのことか」
俺の言葉にゲゼリング老の人形は、
「ふむ。死霊術師の頂点に力を借りた、と言っておったぞ」
「……なるほど」
つまりそれは、俺の師匠である。
もしくは、その上の師かもしれないが……どちらかなのは間違いない。
いつ作られたのかはわからないが、魔眼で見る限り、確かにあの人たちにしか使えないレベルの高度な霊質加工が施されているのがわかる。
今の俺には決して真似できないほどの技術だ。
死んでもまるで追いつけていないことが悔しいが……まぁ、いつの日にか超えてやるさ。
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