第17話 五歳の決闘

 一体誰だろうか、と一瞬思うも、ここはハイドフェルド家の屋敷である。

 ここに入ってこれる人間など限られている。

 門の前には屈強な門番が立ち、屋敷の中は多くの使用人がせわしなく動き回っているのだ。

 それに加え、今日、ここに帰って来るという一家についての情報もすぐに頭に思い浮かんだ。

 ここまでくれば、その正体ははっきりしているだろう。

 とはいえ、彼らが帰ってくるのは今日の夕方のはずだったが……。

 まぁ、予定が何らかの理由で早まった、ということだろう。

 ともかく、お互い初対面なのだ。

 まずは名乗ろうか……と思って口を開こうとしたのだが、


「お前ら……くせ者かっ! ここをどこだと思っているんだ!? ハイドフェルド家の館だぜ!」


 と、赤髪の少年は怒鳴ってきた。


「いや、俺たちは……」


 どうにか口を挟もうとするも、


「そこに直れ! この俺様が……ファルコ・ハイドフェルド様が相手になってやるぜ!」


「いや……だから……」


「ちょうどいい、そこに木剣がある。俺は、くせ者相手でも容赦はしねぇが、武器を持たない者をなぶる趣味はねぇ! さぁ、剣を持ちやがれ!」


 一切、弁解をさせてくれない。

 わざとなのか、本気なのか……いや、本気なのだろうな。

 なるほど、テオに似ている、か。

 わからないでもなかった。

 俺は、ヨハンと目を合わせて、お互いの心情を確認し合う。


(あれが、ファルコで間違いないんだよな?)


(わからないけど……そう名乗ってたし、そうなんじゃないかな……)


 そんな意味合いだ。

 どうしたものか、と悩みきったとき、ファルコが焦れたのか、俺たちに向かってさらに言った。


「……もしも二人のうちのどちらかが俺に勝てたら、見逃してやらんでもねぇぞ! さっさと構えやがれ!」


 実際問題として、ここでファルコに見逃されたところで、もし俺たちが本当にくせ者だとしたら途中で誰かに捕まるに決まっている。

 ただ、戦って勝てば、話は一旦落ち着くらしい、ということはわかった。

 それを理解したのだろう、ヨハンが立ち上がって、地面に落ちている木剣を持つ。


「……じゃあ、僕が」


 そんなことを言いながら。

 ヨハンは穏やかな気性の優しい少年であるが、心が決まるとぶれない勇敢さがある。

 それに加え、戦闘になるとどこまで恐れない、あの気質もある。

 だからだろう。

 率先して戦いを望むのは。

 俺がやった方が話が早いと思っていたのだが、彼がやるというのならとりあえず任せてもいい。

 ファルコがどれくらいの実力かはわからないが、年は変わらないのだ。

 それほど離れているとも思えない。

 もしヨハンが負けても、それこそ俺がやればいいからな。

 どちらかが勝てば、と言っているのだから、二人とも相手にする気なのだろうし。


「……お前が最初か? 別に、二人一緒でもいいんだがな?」


 よほど自信があるのか、ファルコがそんな風に言うが、ヨハンは首を横に振って、


「"真剣勝負は一対一でするものだ"って、おじいちゃんが言ってたから」


「おじいちゃん……? まぁ、いいぜ。かかってきやがれ!」


 そして、ヨハンとファルコは対面に構え、そして両者同時に地面を踏み切った。


 *******


 ヨハンとファルコ、二人の反応は正反対だった。

 踏切の速度はほぼ同じであり、お互いが間合いに入った時点で、剣を振る速度もさほど変わらない。

 ヨハンはそのことに何も思うところはないようだが、ファルコは違った。

 驚いたように目を見開いて……それから、にやりと笑って剣を合わせた。


「てめぇ……弱い奴かと思ってたら、やるじゃねぇか!」


「そう? そうでもないよ」


 口調も正反対だが、戦い方は実のところ似ている。

 どちらも攻撃的で、相手の意気にもひるむところがない。

 ぎりぎりと木剣を合わせ、思い切りお互いを弾き飛ばす。

 ここで綺麗に後退すれば、なかなかの腕だ、となるのだろうが、やっぱり五歳である。

 二人とも普通に後ろに転けるように吹き飛んだ。

 ただ、普通と異なるのは、転けた後、すぐに起きあがって相手の動向を見たことだろう。

 何の心得もない子供なら、転んで泣くか、呆然としてもたもた立ち上がるとか、そんな反応になる。

 けれど、この二人は違う。

 早く立ち上がらなければ、まずい、ということを頭ではなく、体が理解しているのだ。

 そういうわけで俺から見るとかなり鈍い戦いであるが、それでもそこそこ見応えがある。


 それから、二人は再度接近し、そこからは剣撃の応酬になった。

 ぽこぽことした、どことなく気が抜ける戦いではあるが、それでも二人は相手の剣筋を確認してしっかり避けたり弾いたりしている。

 五歳でここまでのことが出来る者は、数少ないだろう。

 特にファルコはそれを深く感じているらしく、このままではいずれじり貧になると思ったらしい。

 賭けに出てきた。


 一瞬、ヨハンが呼吸とともに剣を引いた瞬間を狙って、懐に入ったのだ。

 

「あっ……」


 ヨハンもそれには気づいたが、時既に遅かった。

 剣を振りかぶるヨハンの首筋に、ファルコの剣が突きつけられていたのだ。


「……はぁ、僕の負けだよ」


 ヨハンが、ため息を吐いてそう言った。


 *******


「さぁ、次はてめぇだ。そこの黒髪野郎」


 ファルコが俺に剣を向けてそう言う。

 黒髪野郎って。

 確かにそうだけどな……。

 父は金髪、母は白髪であるのに、俺の髪の色は黒い。

 これは別に母が浮気したというわけではない。

 二人が言うに、隔世遺伝であろう、ということだった。

 黒髪は少ないが、どの家庭にも産まれることのある特殊な色だという。

 まぁ本当に滅多にないことらしいが……。

 俺は前世、黒髪だったので、それが理由ではないかと思うが、そんなこと二人に言っても仕方がないしな。

 両親の説明に、そうなんだぁと納得しておくことにした。

 昔は黒髪は迫害されたようだが、今はそんなことはないらしい。

 ただ、心ない人間が悪口を言うことはあるようだけどな。

 つまり、ファルコのは、その名残みたいなものだろう。

 太ってる奴に豚とか言ったり、背のひょろ長い奴にウドの大木、と言うようなものだ。

 大した悪口でもない。


 とはいえ、そういうよろしくない口はちょっと、ふさぐ必要があるかもしれない。

 よく性根を叩き直さないと、このまま成長しては問題だからな。

 俺はゆっくりと立ち上がり、木剣を拾う。

 そして、ヨハンに言った。


「じゃあ、がんばってくるよ」


 至って普通に言ったつもりだったが、ヨハンは若干、おびえたような表情で、


「……アイン、ちょっと顔が怖いよ……」


 そう小さな声で呟いていた。

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