第221話 雪豚鬼御一行ご案内

「……アイン! 来たぞ!」


 後ろの方からそんな声が聞こえてきたので、振り返るとそこにはカー、それに雪豚鬼たちが他に十人ほど立っていた。

 カー以外の雪豚鬼たちは困惑するようにキョロキョロと辺りを観察していて、なんだかお上りさんのようで面白い。

 遥か昔も、魔都に地方からやってきた魔物たちが同様にしていたことが思い起こされ、懐かしい思いがしてくる。

 まぁ、ここは都会ではないから、感覚は少し違うかもしれないが。

 奇妙な場所に、妙な感覚がしている、そんなところだろうな。

 故郷から離れて、こんな場所にいきなり連れてこられてはさもありなんという感じだった。


「カー、どうやら大丈夫だったみたいだな」


「あぁ、お前のくれたこの割符は便利だな。あの複雑そうな絡繰に触れることなく、ここにやってこられた」


 そう言ったカーの手に握られているのは、金属製のカードのようなものである。

 もちろん、ただの金属板というわけではなく、俺が作り出した魔道具だった。

 効果としては、転移装置をその知識がない者も扱えるように調整したコントローラーのようなもので、カーのものはどこに行きたいか念じながら転移装置に乗れば、それで起動するように作っておいた。

 ネージュとリュヌにも同じものを手渡しており、二人とも好きな時に転移装置を稼働させられるようになっている。

 また、安全のために、どこかの転移装置が起動しているときは、他の誰かが起動しても使えないようにもしているので、安心だ。

 まぁ、ネージュやリュヌ、それにカーが転移装置の不具合くらいでどうにかなるとは考えにくいが……いや、カーは流石に厳しいか。

 リュヌはたとえ体が吹っ飛んでも俺が修復できるし、ネージュは無傷で済むだろうが、カーについてはどうにもならないからな。

 作ったことに間違いはないだろう。

 それに、今後誰かにこのカード型魔道具を手渡すこともあるだろう。

 具体的には、いずれ両親や親族たちなどには渡したいところだが……流石に今は難しい。

 まぁ、おいおいやっていこうと思う。


「転移装置は問題なかったようで安心したよ。でもどうだ、ここに来て、誰も違和感などはないか?」


 これは、ここが遥か高空にある浮遊島だからで、空気などの問題はないだろうか、と思ってのことだった。

 どうやらほとんど地上とは変わらないらしい、というは一応確認はしているのだが、こういうことはいくら確認してもしすぎることはない。

 これにカーは答える。


「うむ、誰も異常は訴えておらんぞ。ただ……」


「ただ?」


「皆、本当にここに住んでいいのかと何度も確認するのでな。少しばかり辟易してしまったくらいだ。贅沢な悩みかもしれないが、それくらいだな」


「ということは、別に嫌がっているってことじゃないんだな」


「それは当然だろう。グースカダー山と比べて、ここの環境が穏やかであることは一目でわかるからな。それに……先日来た時にはなかった森や湖なども見えるのだが、あれらは一体……?」


「あぁ、それは精霊たちのお陰だよ。オルキスを筆頭に、中位精霊が何人か来てくれてな。この浮遊島の環境を整えてくれてるんだ。と言っても、まだまだ完璧ではないらしいけどな。資材や魔力が足りないらしい」


「ほう? 精霊の力というのは無尽蔵なものだと思っていたのだが……」


「いや、彼女たちの力は歴とした理に基づくものだからな。具体的には、住処とする場所に存在する自然などに基づくものだ。ここにはまだ、大した自然はないから……それでも、浮遊島が元々オルキスたちが住処としていた大森林の上に浮かんでいるからそこからある程度の力を受け取ってなんとかできているみたいだが、ずっとそうしているわけにもいかないらしい。あの森の力は、あの森の精霊たちが本来受けるものだから、と」


「ううむ、細かいことは俺のような魔物にはわかりかねるが……実家からの必要以上の施しは受けかねる、という感じだろうか? 我ら雪豚鬼でも、成人した後、自らの生家に頼りすぎるのはよくないと言われることが多いからな」


「たとえが適切かどうかはわからないが、確かに近いかもしれないな……ま、無駄話はこれくらいにして、まずはお前たちが住む場所に案内しよう」


「む? これから作るのではないか?」


「そうしてもらうつもりではあるが、出来上がるまで屋根なの原っぱで雑魚寝、というわけにもいかないだろう? それまでの仮住まいを用意したんだよ。魔導神殿を管理する人形……フリーダに頼んでな」


「ほう……では案内、よろしく頼む。友よ」


「承った」


 ******


「……」


 そこにたどり着いて、カーが絶句した。

 彼の後ろにゾロゾロと心許ない足取りでついてきた他の雪豚鬼たちも同様であった。

 なぜと言って、彼らの目の前にあるのはとてもではないが《仮住まい》などと言えるような建物ではなかったからだ。

 平家ではあるものの、立派な石造の屋根付きの建物であり、かなり頑丈そうだ。

 さらに、中をちらと覗いてみると、魔道具と思しき灯が等間隔に設置されているし、家具類も必要最低限のものではあるものの、全て揃っている。

 ここで十年二十年と生活しろ、と言われても、厳しいグースカダー山で暮らしてきた雪豚鬼たちにとっては極めて快適に過ごせるような場所だった。

 雪豚鬼たちの中の一人、族長の遠縁に当たる女性のレウが呟く。


「……アイン様は、本当にここを我々に与えてくださると……?」


 そのつぶやきに答えたのは、カーだった。


「お前も聞いていただろう? どうも忙しいらしく、早々にどこかに行ってしまったが……いや、緊張している俺たちにとりあえず休めという気遣いでもあったのだろうな。とりあえず数日後にまた来ると言っていたから、少なくともその時まではここを住処としていいはずだ。まぁ、アインが言ったのは間違いなく、ここを好きに使っていい、という意味だったと思うがな」


「アイン様は一体何者なのです……」


「さあな。雪竜様のご友人で、強力な魔術師、戦士であり、そして俺の友でもあり、そしてこの浮遊島の所有者だ。それだけでも只者ではないと分かるだろう。それ以上は……知らない方が幸せかもしれんぞ?」


 最後のセリフは冗談のような口調だったが、カーの言葉を雪豚おたちは半ば以上、本気で受け取り、アインには逆らってはならない、と骨の髄まで感じたのだった。

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