第220話 ある雪豚鬼の思い
「……こ、ここが浮遊島……?」
首を傾げる私、
「あぁ、そうだ。我が友、アインが所有する浮遊島だ……そしてこれからは、我らの故郷になる」
そう答えたのは、
つい先日、カー様が人間の魔術師であるアイン様と共に族長と部族の未来について話していたのは記憶に新しいが、その中で、カー様が集落を出て、新たな故郷を作りに行く、と聞いた時には驚いたものだ。
グースカダー山における魔物同士の資源の奪い合いは年を経るごとに過酷になってきていたが、最近はなぜか、雪ゴブリン、それに氷狼との間でもしっかりとした盟約が出来、争いはほぼなくなってきていた。
春の間に山に訪れるだろう《渡り》の魔物たちとの争いについては今から準備しておく必要があるだろうが、少なくともあの山を故郷とする魔物たちとの関係は極めて良好で、別段、出ていく必要があるとは私には思えなかった。
それなのにカー様の突然の提案である。
驚いたのはいうまでもなく、それは私だけではなく、あの集落に住む者たちのほぼ全員がそうだったはずだ。
……いや、厳密にいうなら、私を含む年頃の女性たちが、だろうか。
カー様は古くから集落において最強の戦士として君臨されてきた方で、誰が彼の連れ合いとなるかは女性の雪豚鬼たちの間でも注目の的だったからだ。
そしてゆくゆくは族長の地位を引き継ぎ、集落を引っ張っていくのだろうと誰もが思っていたのだが、それなのに、というわけである。
けれど、意外なことに族長はあまり驚いてはおられなかった。
それどころか、むしろ必然だと受け止めたようですらあった。
ただ、その理由を聞くと私でも納得せざるを得ないものだった。
確かに、グースカダー山における争いは減った。
しかしそれでもあの山の資源が少ないことには変わりはない。
それに、雪竜様についての話があり、それによれば、今の雪竜様のお力だと、あの山に住まう魔物たちの力は徐々に弱体化していく可能性があるとのことだった。
あの山の魔物は、雪竜様のお力によって生かされていることは周知の事実だが、ただ雪竜様が存在するだけで、その力の恩恵を受け、魔物たちも強力なものになっているのだという。
けれどそれはあくまでも、先代の雪竜様のお力によるもので、今代の雪竜様のお力だと維持しきれないのだとも。
いずれ数千年と時間が経てばまた分からないが、今のままでは先代の雪竜様のお力が尽きるのにおよそ数十年ほどだという。
そしてその後に生まれてくる子供たちは、おそらく、通常の、下界に住む
それを避けるためには、むしろ自ら下界に出て、強くなり、その血を集落へと入れていく必要があるらしい。
細かな理由についてはカー様のご友人であるアイン様が語られていたが、つまりは概ねそういうことのようだった。
そしてそのために、カー様は集落を出て、その新たな強き血族を作り上げるのだとおっしゃっていた。
族長はそれに許可を出し、そして、カー様のお供の募集を始められたのだ。
新しい血族を作るのだから、当然、カー様お一人では難しい。
もちろん、下界にも豚鬼は多くいるのだから、それらからカー様が連れ合いを見つけ、血族を作り上げることもまたできるだろう。
しかし、一番いいのは同じ雪豚鬼の雌を連れて行き、連れ合いとなって血族を作ることだ。
今の雪豚鬼には先代雪竜様のお力が多分に含まれており、そのため、下界に降りてもその力は強力に維持され、さらにそこで経験を積めば強くなれる器があるからだという話だった。
その話を族長はがされた時、非常に言いにくそうにされていた。
それも当然だろう。
住み慣れた集落を出て、新天地を探し求めなければならないのだから。
辛い旅路になるはずだ。
けれど誰かが行かなければならない。
そんな決意だったのだと思う。
だが、実際にはその募集には人が殺到した。
特に若い雌の雪豚鬼はそのほとんどが募集したくらいである。
また、雄の方も、集落の中でも腕利きと言われる者が多く応募した。
これがなぜなのかは言うまでもない。
カー様の人徳であった。
結果、カー様に随行する者たちは選別され、私を含めた十匹の雪豚鬼が選ばれたのだった。
十匹で長い旅に耐えられるか、と最初は不安だったが、実際に集落を出る段になってカー様に尋ねると、不思議そうな顔をされて、
「……ん? 言ってなかったか? もう新天地は見つけてあるぞ……いや、俺が見つけたわけではないがな」
そして、アイン様が見つけられたという浮遊島のお話をされた。
浮遊島自体は、グースカダー山にいても空を通り過ぎていくところを見ることがあるので知ってはいたし、そう言った島に何か人工物が存在しているところも見たことがある。
しかし、そう簡単に辿り着けるところでもないだろうし、ましてやいきなりそこに住まう、などということが可能とは思えなかったから、初め冗談だと思っていたくらいだ。
けれどこうして実際に連れてこられると、もう冗談とも言えない。
確かにここは遥か天上に存在する浮遊する島であり、しかも自然があって、建物もいくつか見えた。
「本当に……私たちがここに住んでもいいのでしょうか……?」
カー様にそう尋ねると、彼は笑って言う。
「持ち主が構わんと言っているのだ。いいだろう。住んでみて、どうしても生活しにくい、と言う場合には別に好きに出ていって構わないとも言ってくれているしな。一度試してみても悪くあるまい?」
どうも、彼はここを気に食わない、と私が言っていると勘違いしているようだが、そう言うことではないのだが、と思う。
カー様は最上の戦士であるし、その人格も素晴らしいのだが、少しずれておられるところもある。
だからこそ簡単に人間と交流し、友にまでなってしまったのだろうが……けれど、そのことがこのような土地への移住を可能にしたことを考えると、やはり彼は雪豚鬼に生まれた傑物なのだと思わずにはいられなかった。
それに、雄としても極めて魅力的で……と、そこまで考えたところで私は首を横に振る。
それは今考えることではない。
それよりも、まずはここを生活の本拠と出来るように頑張るところからだ。
そう思って、先を進んでいくカー様に私はついていった。
その後、カー様に連れてきてもらった私たちが、精霊や雪竜様などを紹介され、腰を抜かすのはこのほんの十数分後のことであった。
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