第123話 相談

「ボリスさん。よろしくお願いします。僕はアインです」


 ボリスに挨拶されたので、こちらも自己紹介をと思い、俺はそう言った。

 言葉遣いについては、ボリスから見て俺がそこそこ育ちがいいように見えるように、と考えてのことだ。

 リュヌはああいう感じだし、ネージュに丁寧な対応をしてくれと頼んでもしょうがない。

 この中でこういう感じを担当するとすれば俺だろう、ということだ。

 もちろん、リュヌはやろうと思えばいくらでも出来るだろうが、やらなかったということは俺にそういう役割を振ったからだろう。

 この辺は阿吽の呼吸かも知れない。

 続けて、ネージュにも挨拶させようと軽く背中を叩くと、意図を理解してくれたらしい。


「ネージュなの!」


 と可愛らしく微笑んで頭を下げた。


 ――真竜という存在はいかなるものにも決して遜ることはなく、自らこそが最高のものだと信じて疑わない。

 

 などという説明が数々の図説に遥か昔から記載されているものだが、現実にはネージュはこんなものだ。

 確かに前世において俺が会ったことのある真竜たちは数体だが、殆どが誇り高く、確かに容易に他人に心を許すような者たちではなかったが……。

 中には穏やかで柔らかな対応の者もいた。

 つまり、性格は種族固有、というわけではなくそれこそ人それぞれ、ということだろう。

 特にネージュは真竜の中でもかなり年若いと思われ、考えが凝り固まっていない、というのもあるかもしれない。

 親もちょっとその辺にいるような真竜とはそもそも格が違うような存在だったわけだし、そういう意味でネージュも変わっている方なのだろう。

 真竜なんてもちろん、その辺にいるようなものではないが。


「ええ、どうぞよろしくお願いします……それにしても、お二人とも、本当にまだお若いのですね」


 ボリスがそう言ったので、俺が返答する。


「この中だと、僕が一番若いです。ネージュお姉ちゃんが十五歳で、リュヌは……」


 と、考えて少し悩む。

 というのは今後のことを考えてだ。

 俺たち三人は、ここに来る前にガーゴイルと戦う狩猟人ハンターの一団、パブロたちを助けている。

 その際に、リュヌはネージュの弟として姿を見せ、自己紹介しているからだ。

 にもかかわらず、今はこの見た目……言い訳をどうしようか、という訳だが、この辺りはリュヌが何とかするだろう。

 そう思って、リュヌの方に視線を向けると、


「俺はまぁ、一応二十歳だな。この護衛をしている」


 そう言った。

 やはり一応とかがついているあたり、言い訳は彼自身が考えるつもりなのだろう。

 まぁ、パブロたちとしかしっかりとした自己紹介はしていないのだし、大した問題はないか。

 極端なことを言えば、やばそうなら姿を消したっていいわけだしな。

 

「護衛ですか。確かに言われてみると隙が無いような気がしますね」


 ボリスがそう言ったので、リュヌが尋ねる。


「ほう、分かるか?」


 リュヌに隙が無いのは身に着けている技術からして当然のことだが、だからこそ、簡単に分かるものでもない。

 今は護衛という役回り上、少し武術を齧ったことがある程度なら分かるように演じているようだけどな。

 実際、ボリスは、


「ええ……昔、剣術を学んでいたことがあります。正統流なんですが……」


「じゃあ、それなりに戦えるのか?」


 そう尋ねたリュヌにボリスは慌てて首を横に振り、


「いえいえ! 本当に少し学んだだけで……一年ほどで向いていないなと思い、道場から逃げ出してしまいましたよ」


 笑いながらそう言った。

 リュヌも彼がそこまで腕が立つ、と思って聞いたわけではないだろう。

 世間話、雑談、処世術ということだな。

 リュヌは喋るのが好きな男であるが、むしろ聞き上手だ。

 それをどういうところで今まで活用してきたのかと考えると恐ろしくなってくるが……死霊術師の俺が言えたことではないか。

 

「それでも一年もったなら大したもんだと思うがな。本当に向かない奴は三日も経たずに逃げ出すもんだ」


「確かに、そういう人もいましたね」


「だろう? あんたの根気には期待できそうだな……ってわけで、アイン、ネージュ。早速、家の話をしようぜ。ボリスとも道中、話したんだが、まずは二人がどんな家に住みたいか希望を聞かないと物件を絞れないからな。予算だけは伝えてあるが」


 その言葉に俺とネージュは頷く。

 それから、ボリスに具体的な家の希望を言っていくことになった。

 と言っても、俺とリュヌのそれはおまけみたいなもので、基本的にネージュが買うネージュの家なのだから、彼女の希望が最優先である。

 ただ、ネージュはそもそも竜だ。

 人間の家というものをよくわかっていない節がある。

 だからこそ、その辺りのフォローが俺とリュヌの役目だな。

 正直言うと普通の人間の家、と言われると俺も結構怪しいところはあるが。

 もともと魔族だし。

 今住んでいるのは田舎の屋敷だし。

 リュヌ頼りかもしれない。


「……私は広いお庭が欲しいの! 飛び立てるようなの!」


 ネージュがいきなり爆弾発言をした。

 彼女が飛び立てるような庭を街中に作れと言われて可能なのだろうか?

 そもそも、飛び立っていいのかという疑問もある。

 次の日にはポルトファルゼの街から真竜が飛び立った、という噂で持ちきりになっていることだろう。


「……こう、遮るものがあまりないような、広い空が見える庭があるといいなと思ってるみたいです」


 俺が何とか方向転換をしてボリスに伝える。

 彼はネージュの発言を、年頃の娘が良くするような夢見がちな台詞だと思ってあまり気にしていないようだ。

 なるほど、と言いながら頷いている。

 

「それと、雪豚鬼スノウ・オークの丸焼きが食べたいから、大きな焚き火をしても大丈夫だと嬉しいの」


「……キッチンが充実していると嬉しいみたいです」


 まさかボリスも彼女が素手で雪豚鬼を狩って丸焼きにしているとは思うまい。

 そんな感じで次々とネージュの非常識な希望が出て来たが、一々俺が訂正して伝え、ボリスがなるほどと頷くということを繰り返した。

 のちになってリュヌが、「あんたよくあんだけうまいこと言い換えが出来るよな」と感心することになる一幕だった。

 そして大体出そろったところで、


「私の希望は大体そんな感じなの。二人は?」


 とネージュが俺とリュヌに水を向けた。

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