第122話 会頭との対面

 任せる、とは言っても今すぐに案内を、というわけにはいかない。

 そもそも、欲しい物件の間取りとか設備とかについてはアインとネージュとも相談が必要だ。

 リュヌが、連れを待たせているから改めてここに連れてくる、と言えば、ボリスは、


「でしたらわたくしも参ります。行ったり来たりでは二度手間でしょう?」


 と言ってきた。

 確かにその通りなのだが……。


「あんたがこの店を留守にしたら、客が来た場合はどうするんだ?」


 店の経営状況を親身になって考えてやっているわけでもないのだが、暗殺者として気配を見る限り、この店には今、リュヌとボリスしか人はいない。

 にもかかわらず、店主がいなくなっては困るのではないか、という至極当然の疑問だった。

 これにボリスは言う。


「いえ、他のお客様はおそらく、いらっしゃらないでしょう。何せ、リュヌ様が三日ぶりのお客様なのですし」


「あぁ、そういえばそんなこと言ってやがったな……あれは冗談じゃなくて本当だったのか」


 もしかしたらそんな可能性もあるかも、と思っていたのだが気のせいだったらしい。

 そもそもリュヌとボリスが話し始めて結構な時間が経っているがそれでも他に客が来る様子がないことからして、ボリスの言葉は事実なのだろう。

 しかしそれでも……。


「《雪晶》を売ってるっていうお得意さんとやらが急に訪ねてくるかもしれねぇぞ?」


「それもないでしょうね。あれは決まった日にこちらからお持ちしていますし、何かありましたらそのときに向こうからおっしゃるでしょうから。そういうわけで、店を離れるのに何の問題もございません」


「そういうことなら構わないが……あぁ、一応言っておくが、連れってのはガキが二人なんだ。男の子と女の子が一人。今回買うのはそのうちも女の子の方だから、分かっておいてくれ。一応、俺も口を出すが、あくまで決定権があるのはその女の子だからな」


「……え?」


 リュヌの言葉に目を見開くボリス。

 おそらく、リュヌが《娘》と言っても同い年くらいか少し下、くらいだと思っていたのだろう。

 それくらいでなければ自らの自由に出来る財産のみで家を買うことは難しいからだ。

 仮に親族から大きな財産を相続していたとしても、成人するまでは使用に制限がかけられていることが通常で、家を購入する、ということはその制限に引っかかる様にしてあるのが大半である。

 そうでなければ財産の散逸を防げず、親族や代理人が好き勝手に使うことも許してしまうことになるからだ。

 しかし、ネージュの財産について管理する者はネージュしかいない。

 全額彼女の自由で、家を買うことにも問題はない。文句をつけてくる親族もいるはずもない。

 そういうなわけで、ボリスは驚いたのだ。

 リュヌはそんなボリスの顔を一瞥し、踵を返してアイン達の下へと歩き始める。

 少しのあと、リュヌの背中を追ってくる気配を感じ、リュヌはそのままの速度で進んだ。 


 *****

 

「……お、戻って来たな」


「そうみたいなの」


 ネージュが俺の顔を見てそう言った。

 俺とネージュの視線の先には、リュヌがいる。

 といっても、リュヌの姿は普通の人間ならとてもではないが確認できないほど遠い。

 俺は魔力の気配から、ネージュはその人間を遥かに超えた視力でもって分かるに過ぎない。

 俺も俺で千里眼系統の魔眼構造を作れば目で見れるが、こんな街中でたかが知り合いがやってくる姿を見るためだけにそんな大層なものを作る必要はないだろう。

 まぁ、レーヴェの村で家の外を見るときとかにたまに使ってはいたけれど。

 ……と、そんなことを考えているうち、


「……おう、アイン、ネージュ」


 リュヌがそう言って俺たちの前まで辿り着いていた。

 後ろには一人の男を連れている。

 役人風の若い男だが……何者だろうか。

 リュヌがわざわざ連れてくるのだから大体想像はつくが。

 それにしても……。


「……なら最初から言っておけ」


「ん? おぉ、そうだったな……でも分かるだろ?」


 リュヌが言われて初めて気づいた、という風な顔でそう言って笑う。

 確かに俺には一目で分かる。

 くすんだ灰色の髪に、黄金に輝く瞳。

 普段の彼とそれほど変わらない印象のその二つだが、しかし、顔立ちと身長、それに年齢は大幅に異なる。

 いつものリュヌを知る者が今の彼を見ても、同一人物だとは絶対に分からないことだろう。

 もちろん、ネージュも……と思って横を見ると、彼女はリュヌに、


「……リュヌ! 真の姿なの?」


 などと尋ねていた。

 少しひそひそ声で耳元で聞いているのは、彼女なりに色々考えたが故なのだろう。

 リュヌはその質問に笑い、「そうそう、その通りだ」と適当に答えていた。

 考えてみると、ネージュもまた大幅に姿を変える変化術を扱う存在である。

 見た目が多少変わったくらいで驚くはずもなかったか。

 リュヌよりネージュの方が、変化の度合い、という意味では遥かに大きいわけだしな。

 今のリュヌをリュヌと分かるのは、真竜として何かしらの力を持っているからなのか、他に理由があるのかは分からないが、そんなところだろう。


「……まぁ、見た目の話はいいか。リュヌ! それでその人は」


 独り言を言ったあと、俺は改めてリュヌに尋ねる。

 するとリュヌは、


「おぉ、そうだったそうだった。こいつはナヴァド商会の会頭、ボリス・ナヴァドって奴だ。今回、俺たちの家を見繕ってもらう予定の商人だな」


「ご紹介にあずかりました、ボリス・ナヴァドでございます。精一杯、努力させていただきますので、どうぞお見知りおきを」


 ボリスは丁寧に俺とネージュに頭を下げた。

 これは意外な仕草だ。

 もっと舐めた態度をとられるものだと予想していたからだ。

 ぱっと見て高価そうだと分かる衣裳を纏うネージュはともかく、俺はその辺のガキに毛が生えたようなのにしか見えないだろうしな。

 いや、ネージュがそうだから俺も一緒に格を上げて対応してくれたとかか。

 しかしそうだとしてもその目に俺たちに対する侮りの色はない。

 リュヌは中々良い商人を探してきてくれたのかもしれない。

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