第124話 アインの希望

「僕たちの希望……」


「改めて言われてみると……何も考えてなかったな。別に住めればいいんじゃねぇか?」


 俺とリュヌはここに至ってそれについてほとんどお互いが考えていなかったことを知る。

 俺としたらネージュの家なのだから彼女の希望が最大限叶えられればそれでいい、と思っていたし、リュヌはその気になれば木の上だろうが洞窟だろうが平気で過ごせる人間だ。

 特段、俺たちの希望など、と思っていたわけだ。

 しかし、別にそれは何も希望が思い浮かばない、というわけでもない。

 ネージュが俺たちに、


「私たちの家なんだから、みんなの希望を叶えないといけないの。遠慮しないで言うの! お金はあるの!」


 その太っ腹な台詞に俺とリュヌは顔を見合わせる。

 いいのかな?

 いいんじゃねぇか?別に。

 という感じのアイコンタクトが結ばれ、そして俺は言った。


「じゃあ、希望を言おうか。どっちが先にする?」


「あぁ……まぁ、アインからでいいぞ。俺はせいぜい自分の部屋があったらいいな、というくらいだしな」


 本当か?

 と思うが、部屋がもらえれば後は自分で色々レイアウトはやるということだろう。

 そういうことならそれでいい。

 

「それでは、お言葉に甘えて……ボリスさん。僕の希望なんですけど……」


「はい、どうぞ」


「まず、広めの地下室がほしいです。大きさは……そうだな、十メートル四方くらいあるとありがたいんですけど……」


「十メートル、ですか。なるほど……ちなみに用途をお聞きしても?」


 ボリスのこの質問は、何に使うかによって強度も考えなければならないからだろう。

 ただ、馬鹿正直にそれを言うわけにはいかない。

 というのは、俺はそこに転送装置を設置するつもりだからだ。

 そうすれば、レーヴェの村から直でここに来ることが出来るので非常に便利だ。

 いちいちあのグースカダー山の雪の中を行進して雪豚鬼とのいくつかの決闘を乗り越えて、でもあるまい。

 それはそれで面白いかもしれないが、流石にそのうち面倒になって飽きそうだ。

 まぁ、転移装置については言ったところでどんな夢物語を言っているのか、と思われて終わりかもしれないが、こういうことは心のどこかに引っかかってると後々問題になったりしてしまうものだからな。

 言わなくていいことは可能な限り言わないのである。

 ただ、強度については強めの方がいい。

 だから俺は言う。


「色々と実験したり、物置にしたりしたくて……僕、錬金術の勉強がしたいんです。ネージュお姉ちゃんからも色々教わってるから」


 もちろん、全然教わっていないのだが、五歳の子供が錬金術に詳しいとか明らかにおかしいからな。

 言い訳である。

 ネージュに錬金術の知識が全くなかったら問題になりそうだが、彼女は幼い見た目に反して百年は生きる真竜である。

 その知識の深さは人間の比ではない。

 錬金術についてもある程度、知識があるということはここに来る前に雑談がてら聞いた。

 やはり母親から知識をたたき込まれた中にあった、ということで、本当に錬金術の基本を子供に教えるくらいのことは出来ることだろう。

 流石に転移装置など、古代の魔族ほどの知識ではなく、今の普人族ヒューマンの上級錬金術師程度らしいが……。

 それがどの程度なのかは、詳しく聞いていないので分からないが、言い訳のために必要な最低限度は超えているのは間違いないだろう。

 ボリスは俺の言葉に驚いたように目を見開いて、


「錬金術をその若さで……! ネージュ様は優秀な方なのですね。アイン様も向学心がお高いご様子……」


「お世辞はいいですよ。お姉ちゃんが凄いのは本当だと思いますけど」


 何せ真竜だ。

 凄くないわけがない。

 そんなことはボリスにはまるで分からないだろうが、凄い姉に憧れる弟、みたいには見えるだろう。

 実際、ボリスは、


「いえ、いえ……五歳ほどで学問に対する強い興味をお持ちなのは貴族のご子息でも珍しいですから。やはり、これくらいの年齢ですと、遊びの方に夢中になるものです。ですから、必ずしもお世辞というわけではありませんよ。まぁ、少しばかりそういうところもあったかもしれませんけどね」


 正直にそう言う。

 中々に付き合いやすそうな男である。

 あんまり持ち上げられ過ぎると面倒くさいからな。

 そういう俺たちの気持ちを話し方とか雰囲気で察してこういう風に振る舞っているのだろう。

 

「では、そういう風に受け取っておきますね。それで、地下室についてですが、大丈夫でしょうか……?」


「ええ、そちらについてはいくつか思い浮かぶ物件がございます。ご安心を。他には?」


「あとは、鍛冶場と工房がほしいですね。出来れば店舗併設だとうれしいんですけど……あ、最後のはないならないで大丈夫です」


 鍛冶場と工房は俺にとって重要な空間だ。

 この街にそれを構えられるのであればあの洞窟の荷物をこちらに持ってくることが出来る。

 何かの拍子に誰かに発見されるとも限らないあの洞窟だ。

 もちろん、認識阻害の魔術をしっかりかけているのだが、高位の魔術師であれば存在に気づき、破壊することも不可能ではない。

 それを考えると、ちょっと不安なところがある。

 まぁ、その心配はどこに行こうが抱え続けなければならないものだろうが、リスクを分散したいのだ。

 つまり、拠点は複数持っておくに超したことはない。

 ちなみにあの洞窟が誰かに発見、物色された場合だが、洞窟の転移装置についてはいざとなれば自爆させればいいからな。

 まぁ、それと一緒にすべて葬り去ればそれで秘密は守れるとも言えるが、せっかく集めた素材とかはちゃんと保存しておきたい。

 洞窟ではなく、ちゃんとした家があれば、とれる対策も増えるしな……。

 そういうことで、鍛冶場と工房は必要不可欠、というわけだ。

 ただ、これについてもボリスは首を傾げる。


「鍛冶などなさるのですか? 工房については……錬金術でお使いなのは分かるのですが」


「お姉ちゃんは魔法剣士なので、武器の手入れにあった方がいいかなって」


 実際、人の姿ならネージュは剣術もある程度使えるらしい。

 ただ、現代の有名な剣術ではなく、古い時代のマイナー剣術というか、彼女の母に学んだ真竜流とでも言うべきものらしいが。

 そのうち教えてもらえると嬉しいのだが、まぁそれは今度だ。

 ボリスは俺の説明に頷き、


「ふむ。そういうことでしたら、確かにないよりはあった方がいいでしょうね。少し大げさな気もしますが……」


 と言ってくれた。

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