第67話 死者の粉

 廃教会。

 その中の礼拝堂に俺が急いで戻ると、ジールとローブの男の戦いはすでに終盤に差し掛かっていた。

 ローブをズタボロにし、体中に傷を作って息を荒くしているローブの男に対し、ジールの傷は少ない。

 しかし、それでも無傷ではない辺り、やはりあのローブの男はかなりの手練れなのだろう。


「……そろそろ終わりだ。覚悟はいいか? それとも、枢機卿のもとに逃げ帰るか?」


 ジールがそう尋ねると男は不敵に笑って言う。


「……はっ。まだまだだぜ……。それどころか……効いてきたんじゃねぇか?」


「何の話を……ッ……?」


 笑う男を強く睨みつけつつ尋ねたジールだったが、言葉の途中でがくり、と体を震わせ、一瞬膝をついた。

 それを見た男は、


「……ははは。やっとか……。しかし、神聖騎士って奴は化け物揃いだな。あんたには普通の毒は効かねぇって話だったから、伝手と金を駆使して手に入れたんだ。《紫死毒》って言うらしいぜ。ほんとかどうかは怪しいが、竜ですら一滴で死に至るって触れ込みの劇薬だ。そいつをこれにたっぷりと塗り込んであった……」


 短剣を示しながらそう言った。

 なるほど、と俺は思う。

 ただ殺しに来たと言うのならそれは悪くない手だからだ。

 しかし、そもそもジールに毒が通用しないとは……。

 昔もそういう奴はたまにいたけどな。

 魔族は言わずもがなであるが、普人族にも訓練や特殊な方法によって毒が効かなくなった者というのはいた。

 ジールもそういう人々と同じ、ということなのか、それとも他に何かあるのか……。

 しかし、そんなジールにすらも効く毒を、男は手に入れ、使ったらしい。

 流石のジールもこれでは……。

 と思ったのだが、ジールはそれでも力強く剣を握り、


「……こんな、ものが、なんだというんだ……!!」


 と言いながら、男との距離を縮める。

 流石のローブの男も、これは想定外だったらしく、


「て、てめぇ……! 毒が効いてるんじゃねぇのか!? なぜ動ける!?」


 と焦りだす。

 しかしジールは、


「……さぁ、な。冥界で誰かに尋ねるといい」


 そう言って、地を強く踏切り、剣を振りかぶった。

 ローブの男は慌てて短剣を構え、防ごうとしたが……。


「……神聖剣“無光刃むこうじん”」


 そう言ったジールの剣が、男を短剣諸共両断してしまったのだった。


 *****


 凄まじい剣技を見せてもらった。

 俺はまだ教えてもらっていないが、大体その理は理解できる。

 音を超え、光に迫る速度で剣を振るい、一刀のもとに相手を叩き切る。

 そういう分かりやすくも防ぎにくい一撃なのだと思われた。

 それをひたすらに磨くことによって、あれほどの一撃となったのだ。

 剣から、光すらも放たれない……追いつけない一撃。

 だからこそ、無光刃、ということだろうか。

 細かくはジールに聞いてみなければ分からないが、概ねそんなところだろう。


 そのジールはと言えば、技を放ち、男が倒れたのを確認したのち、自分もまた、ばたり、とその場に倒れてしまった。

 やっぱりローブの男の毒は確かにジールに効いていたらしい。

 俺は慌ててジールの下に駆け寄り、呼びかける。


「……ジール! ジール!」


 ローブを深くかぶって、顔は見えないように努力している。

 と言っても背格好がもう完全に子供だから、普段であればすぐに見破られて終わりだったろう。

 だが、今は違う。

 ジールの目線はゆらゆらとしていて、目の前のものもあまり見えていなさそうだ。

 毒の効果だろう。

 しかし、それでもその強靭な精神力でもって、俺の言葉に答えようとする。


「……あ、あなた、は……」


「……俺は……ベルク・ツヴァーだ」


 咄嗟に偽名を名乗る。

 俺の前世の名前、アインベルク・ツヴァインから今世の名前、アインを抜き、さらにファミリーネームをもじったもの。

 いきなり思い付きで出るのはそんなものだが、意外とこれは正体がバレ無さそうで悪くない名前な気がする。

 実際、ジールは、


「……ベルク、殿……貴方も、教会の……?」


 これは、そこに倒れているローブの男のような、いわゆる間者、手先か、という意味だろう。

 俺は首を横に振る。


「……いや。そうじゃない。詳しいことは言えないが……ケルドルン侯爵の娘は無事だ。すでに助け、屋敷まで送り届けた。それは安心していい」


「……っ!? そう、ですか……なら、よかった。私がここに来たことも、無意味ではなかった、よう、ですね……」


「ああ。あんたがあの男の注意を引きつけておいてくれたから、出来たことだ。あとは、あんたが元気に帰るだけだよ」


 そう。

 そうすれば、一件落着だ。

 しかし、ジールはふっと笑い、


「……いえ。それはどうやら無理そうです……。実は、毒が回って、もう、ほとんど何も見えないのです……私には分かります。このまま、あと数分もすれば私の命は尽きる、でしょう……」


「諦めるんじゃない! 毒の種類が分かれば……そうだ、解毒薬をあの男が持っているかもしれん」


 俺はそして、ローブの男のところまで走り、その懐を弄る。

 暗器の類や魔道具、毒など色々と出てくるも、そのどこにも解毒薬は無いようだった。

 しかし、男が《紫死毒》と言っていた毒自体は見つけた。

 

 こいつは……。

 また随分と懐かしいものだな。

 俺にとってはひどく親しい物体だった。


 俺は……というか、俺たちは昔、これをゾンビ・パウダーと呼んで使っていた。

 まぁ、あまり俺は使うことはなかったが、死霊術師にとっては常備薬みたいなものだ。

 その効果は毒に似ているが、厳密には毒とは違う。

 いわゆる一般的な毒というのは人の身体に働きかけて、その生理的機能を害するものだが、このゾンビ・パウダーという奴はそうではない。

 人の魂それ自体に働きかけるもの、と理解されていた。

 結果として、これを使うと魂が毀損され、生きながらに死んでいるような状態の存在を作り出すことが出来た。

 それをゾンビとかリビング・デッドとか言って、使役の対象にするわけだ。

 これは極めて手っ取り早く、簡単に生命体を使役下におけるので多用する奴は多用していたが、俺は好みではなかったし、死霊術師としてこれを使う奴は二流、三流という感覚が強かった。

 なぜなら、死霊術師とは、死者を敬い、使役するものであって、無理やりに空っぽの状態にして奴隷とするものではないからだ。

 ……まぁ、これはどっちかというと死霊術師的には異端ではあるのだが。

 俺や、俺が学んだ師匠たちが信じる考え方であって、一般的な死霊術師はそうではなかった……。

 それはそれとして。


 つまり俺はこいつの使い方については誰よりも詳しい。

 今のジールの状態は、ゾンビになりかけている、ということだ。

 魂が傷つき、自我を失いかけている……。

 それは普通の方法では治せないだろう。

 しかし俺なら……。


 俺はジールのもとに行き、言う。


「……ジール。今からあんたを治療する。いいな?」

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