第9話 在りし日のテオ

「……姉貴たちがいないのはそういう訳か」


 テオが、ハイドフェルド家の屋敷の応接間で紅茶を飲みながら、頷きつつそう言った。

 その内容は、テオの姉、ロザリー・ハイドフェルドとその夫イグナーツ、そしてその息子ファルコが今日、この場にいない理由についてだ。

 語ってくれたのは、主にテオの母、俺の祖母に当たるオリヴィアである。

 もちろん、ハイドフェルド家当主であるエドヴァルトも会話には参加しているが、やはり女性の方が口数が多いというか、一応、仲直りしたとはいえ、まだテオと話そうとするとぎくしゃくしてしまう部分があるようだった。

 この辺りについては、徐々になれていくしかないのだろう。


 ちなみに、なぜ、ロザリー一家がいないのかと言えば、それは……。


「なにもこんな時にパーティーなどしなくても、とロザリーは嘆いていたわ。でも、仕方がないわよね。ケルドルン侯爵と言えば、ハイドフェルド家にとっても重要なお付き合いの相手だし、同じ宰相閣下の派閥に入る同胞として、仲は深めておかなければならないもの」


 オリヴィアがそう言ってため息をつく。

 彼女も、もっと別の日だったらよかったのに、と思っているようだ。

 その理由は、やはり、俺たちが……テオ一家がここに来るのが今日だということは事前に伝わっていたからだろう。

 いくらテオが父親を苦手としていたとはいえ、それくらいの連絡はしていたはずだろうし……。

 いや、したのはたぶん、アレクシアか。

 ともかく、今日俺たちがここに来るのは分かっていて、だからこそ、ロザリー一家もここにいたかった、ということなのだろう。

 しかし、パーティーに呼ばれてしまったがゆえ、居合わせることが出来なかった、ということだ。

 普段はやはり、この屋敷に住んでいるようだ。

 次期伯爵としては当然のことか。

 ちなみに、夫がいても伯爵位を継ぐ予定なのは女性のロザリーの方だと言う。

 俺が生きていた時代は、普人族ヒューマンの爵位と言えば、男性が継ぐものと相場が決まっていたものだが、色々と変わったようだな。

 まぁ、全く女性の爵位持ちがいなかったか、と言われるとそういうわけでもないのだが。

 

 しかし、貴族の付き合いというのは大変そうである。

 この国、カイナス王国の宰相と言えば、カイナス西方に大きな領地を持つ、クラウジウス公爵であるが、ハイドフェルド伯爵はその派閥に属するらしい。

 ケルドルン侯爵もまた、同じ派閥に属し、したがって同胞と言える間柄にあり、仲もそこそこ良好なようだ。

 とはいえ、そこは権謀術数が駆使される貴族同士、いつ相手が裏切るか、またこちらが裏切るかについてはいつでも先行きが見えない。

 だからこそ、普段から連絡を密にし、表面的にも仲良くしておく必要がある。

 そのためのパーティーやお茶会、というわけだ。

 そんな話が、エドヴァルトやオリヴィア、それにテオやアレクシア、そして門番長マルクの間で先ほどからなされている。

 俺は子供であるから、よく分かっていないと思って話しているようだが、本来は大人どころか爺さんである俺である。 

 断片的な話をつなぎ合わせて、大まかな勢力図を頭の中で形成することくらい、出来るのだった。

 それでも、足りないところはたくさんあるわけだが……それこそ俺はまだ五歳なのであるから、少しずつ分かっていけばそれでいいだろう。

 

「それに、ケルドルン侯爵のもとには娘がいる。ファルコとも年齢が近いということだからな。いずれは婚約……という芽もあるかもしれぬ、と思って顔合わせを兼ねている部分もあるのだ」


 エドヴァルトがそんなことをオリヴィアに続けて言う。


「ファルコというのはロザリー様のご子息の……。アインと同い年だとお聞きしましたわ」


 アレクシアがそう言うと、エドヴァルトは頷いて答える。


「そうだ……と言っても、なんというか、性質は全く違うようだな。アインは物静かなようだが……ファルコは、こう……テオを思い出すというか……」


「まぁ。でも、テオも小さな頃は物静かだったとマルクさんからお聞きしましたけれど……」


「それは確かにその通りだ。が、それは大体、十歳までの話だな。そこからはもう……手がつけられんと言うか……街の悪ガキをまとめ上げて魔物と戦いに行くような奴だったからな。その頃のテオに似ているのだよ」


 これを聞いて思ったのは、我が父ながらなにをやっているのか、ということだろう。

 魔物と十歳程度で戦うのは……全く無謀に思える。

 アレクシアもそう思ったのか、


「……それで、よく今まで生きていられたものですわ」


 と感想を述べた。

 これに、マルクが注釈を加える。


「テオ坊ちゃんはその頃には剣士としてそれなりの腕前に育っていましたからな。魔術の才能はとんとありませんでしたが、気の運用にかけてはいっぱしの戦士と遜色がないレベルに達しておりました。それでも、魔物と相対するなど、十歳の子供では無謀も無謀だったのは当然の話で……なんど連れ戻しに走ったものか。最終的には時期尚早ではありましたが、タイムラース王立学院に無理矢理入学させることになった、というわけです……我々の教師としての技量が足りぬばかりに」


 タイムラース王立学院とは、カイナス王国の王都タイムラースに存在する教育機関のことで、歴史や地理、経済などの基本的な学問に加え、魔術や武術などの戦闘技術についても教える総合教育機関だという。

 通常は、学問を教えるところは学問のみを、魔術を教えるところは魔術のみを、と分かれているようだが、王立学院は総合的に優れた人間を育てるために、ありとあらゆる知識と技術を教えることが出来るようにとそのような構成になっているとのことだった。

 父も、貴族として家庭教師にこの屋敷で学んでいた訳だが、最終的にはタイムラースに行くことが決まっていたのだという。

 しかし、本来一二歳で入学するのが普通であるところ、父はこれ以上この街にいては、何かやらかすとエドヴァルトが危惧したらしい。

 流石にこの街より遙か離れた王立学院に行けば、早々危険なことなど出来ず、やろうとしても優秀な教師たちがいる王立学院ならなんとか更正できるだろうと期待もしたという。

 その頃から、テオとエドヴァルトの仲もよろしくなく、一度距離を置いた方がいいかもしれないというのもあったようだ。


「別に、お前たちが至らなかったわけではない。私と、テオの関係の問題だ。街でのことだとて、見方を変えれば子供をまとめ上げていたのだ。貴族として人の前に立つ才能の片鱗を見せていたとも言える。あのままここで育てた方が、結果的によかったかもしれん。そしてそれは、お前たちの功績だ、マルク。テオ、お前も別にマルクたちに物足りなさを感じていたわけでもないだろう?」


 エドヴァルトがそう尋ねると、テオも頷いて、


「ああ……。ま、魔物と戦おうとしてたのは、あのころはイラつきをぶつける対象が欲しくてな。それに仲間たちを巻き込んじまったってのがある。それはよくなかったって反省しているよ。マルクたちにも悪かったしな……」


 そう言ったのだった。 

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