第22話 戦女神の挑戦
「おっと、忘れるところだった。あとで中庭に来い。待っているぞ」
晩餐を終えた後、ロザリーからそう、耳元でささやかれる。
どこか面白がっているような、そんな雰囲気だ。
困った話だが、しかし、普通の五歳児にはできない動きをしたのを見られたのだ。
仕方のない話だった。
とはいえ、まだ言い訳しても無駄、とまで行くほどのものは見せていない。
死霊術や魔術、それに気なんかを使っていれば違っただろうが、見せたのはあくまでも普通の範疇に収まる体術だけだからな。
なにも学んでいない五歳児だからおかしい、という話になるだけであって、そうでないならできる奴がまったくいない、というほどのものでもないのだ。
だからたぶん大丈夫だろう、と思って俺は晩餐の後、自室に戻った後、約束の時間になったのを確認して中庭に向かった。
◇◆◇◆◇
空には月が煌々と輝く時間帯である。
辺りは暗いが、思いの外、中庭の景色はよく見えた。
天井が開いて、本物の空が見える吹き抜けになっている中庭である。
真っ暗かもしれない、と思っていたがそんなことはないようだ。
ハイドフェルドの屋敷にもほとんど光がないことが、余計に目をさえさせているのかも知れない。
廊下にはゆらゆらと炎の揺れる蝋燭が等間隔に設置されているくらいで、さしたる明かりもなかったからな。
昔であればああいう明かりは魔国においては魔導具を使っていたものだが……現代ではより原始的な方法が好まれているのかな、と思った。
「……来たか。待ちわびたぞ」
中庭の中心に、月を背負って立ちつつ、俺にそういったのは、言わずと知れたハイドフェルド家長女、ロザリー・ハイドフェルドである。
その様子は、まるで戦女神のようであった。
長く美しい金髪を太く一本に編み込み、後ろに下げ、身につけているのは水晶作りの軽鎧だ。
腰には細かい彫刻の施された鞘に納められた細身の剣が差してあり、かなりの業物であることが察せられる。
……まさか、真剣で戦おう、とか言い出さないよな?
不安に思うも、近づいて、たぶんそれはないだろう、と安心する。
ロザリーの近くには、二人の男性が立っていたからだ。
一人はテオ。俺の父親。
そしてもう一人はマルク。テオとロザリーに剣術を教え込んだ師匠だ。
てっきりマルクの方はもう家に帰ったのかと思っていたが……いや、孫がいないからな。一度帰って、それから戻ってきたということだろう。
ロザリーに呼ばれた感じかな?
「時間通りに来たんだけどなぁ」
子供っぽい口調で、俺がロザリーに言うと、ロザリーもそれに納得したようで、
「そうだな……どうも、なんだかわくわくしてしまって。ほら、アイン。剣を持て」
そういって、さらに真剣を渡してきた。
刀身の短い、比較的軽いものだが、それでも真剣は真剣である。
俺は困惑したような表情を作り、テオとマルクを見る。
二人は俺と目が合うと、力強くうなずいて、持て、と示した。
……安心したのは間違いだったようだ。
どうやら、俺に真剣でこの人と戦え、ということらしい。
にしても……大丈夫だろうか?
色々な意味で。
俺はこの人間の体でまともに戦っても大したことができる気がしないし、気だって身につけていないのだ。
魔力を使えばまぁ、なんとかなるとは思うが、そうなるとやっぱりかなり面倒くさい話になってしまうだろうし……。
そんな俺の困惑をロザリーは読みとったようだ。
俺に微笑みかけ、彼女は言う。
「……なに、心配するな。ちょっとお前の本当の実力を見たいだけだ。真剣であることが恐ろしいと思うかもしれんが、お前に怪我をさせるつもりはない。怯えることなく、かかってくるといい」
つまりは、ロザリーは自分と俺の技量にはそれくらいの差がある、と考えているようだ。
普通の五歳を相手にするなら、それで正しいだろう。
しかし俺の場合はな……自惚れでなく、まぁまぁやれる気もしている。
それにしても、どれくらいの力で戦うべきだろうか。
手を抜いて、普通の五歳よりちょっと強い、くらいで抑えることもできるが……。
いや、真剣で戦ってしまうとな。
ろくでもない剣士相手ならともかく、それなりの実力と判断力を持った相手だと、手を抜いている、とばれる可能性の方が高い。
俺から見て、ロザリーの実力はかなり高そうだった。
手抜きをすれば、ばれる可能性はそれなりにある、というくらいに。
テオやマルクも似たようなものだが、この二人とは真剣を合わせていないし、模擬戦のようなことも修行の最中にやったけれど、それはあくまでも作法とかそういうものを教える、という意味合いの強いものだった。
つまり、実力を出し切ってかかってこい、というものではなかったから、俺が細心の注意を払って実力を調整していればばれなかったのだ。
しかし、今は違う。
ロザリーは本気で俺を見極めるつもりのようだ。
そうなるとな……。
なぜ、そんなことをするつもりなのか、と思ってしまうが、それは、さきほど晩餐で出た話、ケルドルン侯爵のご息女のことと無関係ではないだろう。
あまり素性のはっきりしないものを連れて行くわけにはいかないからな。
俺はロザリーにとって、弟の息子に当たるわけだが、会ったのは今回が初めてなのだ。
色々な意味で、俺のことを深く理解しておこう、と考えたのだと思う。
そのための手段として、とりあえず剣を合わせればいい、と考えてしまうのはなんというか、脳筋の感覚だが……まぁ、嫌いではなかった。
かつての魔族四天王の一人に、《剛力無双のアーデベルク》と呼ばれた、まさに脳筋としか言いようのない存在が一人いたが、そいつとは比較的馬があった。
裏表のない、気持ちのいい奴だったからだが、ロザリーはそれと近いものを感じる。
だから、今回はまともに戦おうか、と思った。
当然、前世で身につけた魔族流の古武術については使うわけにはいかないが……テオとマルクが教えてくれた現代の剣術なら、もはや普通に使おうと思えば使えるのだ。
もちろん、学んだのは基礎だけで、技とか奥義とか呼べるものは教えてもらってないが、基礎というのは基本にして究極の技術でもあるからな。
ある程度は戦えるだろう。
だから、俺は言う。
「……わかった。がんばってみるよ」
するとロザリーは俺に微笑みかけ、構えた。
「よし、それでこそハイドフェルドの血筋だ。初撃は譲る。来るがいい!」
戦いが始まる。
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