第153話 氷狼の居場所

『……貴重な情報でしたが、少し話が逸れましたので、本題に戻りましょうか。アイン殿』

 

 ハクムがそう言ったので、俺も頷く。


『はい……それで、氷狼ひょうろうの居場所なのですが、ご存じありませんか?』


『今の時期は……この辺りではあまり見かけませんな。奴らは我々雪豚鬼スノウ・オークを餌としますが、それはあくまで食料を得るためです。我らカルホン氏族にはカーがおりますし、奴らもそれを分かっているのであまり我らの集落を攻めることはありません。特に、今の時期のように、他に得られる食料があるときには余計に』


『他に得られる食料、ですか?』


『ええ……氷狼は大抵のものは食べますが、この雪山では植物の実りは少ないですからな。必然的に、他の生き物ということになりますが……』


 雑食性の魔物だ、ということだな。

 まぁ、大抵の魔物は雑食だ。

 魔力しか餌に出来ないとか特殊なものしか食べれない、というものも多く存在するが、元々、種として丈夫に出来ている生命体である。

 食べ物の好みについても、というか胃そのものが丈夫なのだ。

『他の生き物ですか……それは一体何でしょう?』

 俺が尋ねると、これにはハクムがカーに視線を向けた。 

 彼の方が詳しい、ということなのだろう。

 カーがその視線に答えて言う。


『……そうさな。色々考えられるが……今の時期だと、グリフォン辺りだろうな……』


『グリフォン?』


 もちろん、その存在は知っている。上半身は鷹の、下半身はライオンのそれを持つ魔物であり、大きな翼もあるために空を飛ぶことが出来る。

 大きさや強さは種によって様々だが、一般的にはゴブリンやオークより強力な魔物とされる。

 この山のスノウゴブリンやら雪豚鬼スノウ・オークと比べるとどうなのかは微妙なところだが……。

 昔の魔王軍では馬として使っていて、俺も何度も乗ったことがある。

 別に自らの力で飛ぼうと思えば飛べるのだが、使う必要のない魔力を無駄遣いもしたくなかったし、大抵の者はそうそう単身で空を飛べるわけではないからな。

 軍として足並みを合わせるために、俺もグリフォンを使って空を駆けたことが何度もあるということだ。

 やり方によるが比較的、しつけやすい魔物であり、そういった馬としての活用も出来る点で昔はよく重宝されていた。

 ただ、現代においてはまだ見たことがないな。

 昔は空を見上げれば背に誰かを乗せて飛んでいる姿を結構よく見たものだったが……。

 魔族に限らず、普人族ヒューマンの騎士なども乗っていたくらいだ。

 数が少なくなったのか、それともしつける方法を失ったのか……。

 その辺りもそのうち調べておきたいところだな。

 そんなグリフォンを、氷狼が狩っているという。

 カーは俺に言う。


『……元々、この山にはグリフォンは住んでいないのだが、ちょうど今くらいの時期になると隣のネス大陸や中央大陸なんかから渡って・・・来るのだ』


『なぜ?』


『どうもこの山は奴らグリフォンにとって、子育てをしやすい環境のようでな。繁殖のために来ているようだ。春が過ぎた頃に大きな親のグリフォンとともに、可愛らしい大きさのグリフォンがおっかなびっくりついてそれぞれの元々の住処である大陸まで飛んでいく姿は、なんとも言えぬ趣があるぞ』


 カーが言うには意外な台詞だ。

 完全な武人タイプかと思っていたら、意外とそういった光景に思いをはせることもあるようだ。

 ……まぁ、気まぐれに近い形で普人族ヒューマンである俺と友人になろうとする男だ。

 むしろ納得かもしれない。

 

『私もその光景は見てみたいな……しかし、春が来てもこの山の雪は変わらないのでは?』


『まさにな。ただ、グリフォンたちにはその時期がよく分かるようだ。俺たちもそれを見て春の訪れを知るくらいだからな……』


 なるほど、必ずしもただの感傷、というわけではなく、一種のカレンダー的な役割として見ていたところもあるようだ。

 

『そんなグリフォンを、氷狼は餌にしていると……あんまりグリフォンからすると住みやすそうには思えないのだが』


『そうとも言い切れん。人里に近いと氷狼どころか一攫千金を狙った普人族ヒューマンどもが押し寄せてくることもあるだろうからな。氷狼は確かにグリフォンを狩るが、それはあくまで食べるため。必要以上の狩りはせん。比べれば、この山の方がマシというわけだ。それに、普人族ヒューマンがいない別の土地にしても……あまりにも強大な魔物の縄張りだと危険だからな。この山は雪竜スノウ・ドラゴン様が治めておられる。かの方はそうそう山の魔物を自ら襲われることはない。まぁ、《試し》に敗北した雪豚鬼スノウ・オークは丸焼きにされてその腹の中に収められるが、それは負けた者が悪いのだしな』


 そういえばネージュは豚鬼オークの丸焼きがどうのと言っていたな、と思い出す。

 マジで食っていたのか。

 まぁ、俺もうまいと思うし、街中では豚鬼オーク肉というのは普通に販売されているからな……。

 別に憎くてやっているわけではなく、これもまた弱肉強食の一部なのだから仕方がないだろう。

 人がグリフォンを狩っているのか。

 その目的は……騎乗用に、というのが一番考えられるが他には素材とかかな?

 魔石もそうだが、皮や毛なんかもかなり有用な魔物だ。

 確かに狩ればかなりの金になることだろう。

 肉もそこそこ美味かった記憶もある。

 豚鬼やグリフォンを狙う辺り、氷狼はグルメなのかもしれない。


『興味深い話だ……ともあれ、そういうことならグリフォンの住処周辺を探せば氷狼に会えると考えても良いだろうか?』


『あぁ、それでいいだろう。すぐに向かうつもりか?』


『そのつもりだ。言わなかったが、今、仲間と一緒に誰が一番先に氷狼を見つけられるか競っていてな……可能な限り早く見つけたいんだ』


『ほう、他にも仲間がいたのか』


『あぁ。一人は、俺と同じような見た目の奴と……もう一人が、雪竜スノウ・ドラゴンネージュだよ』


 もうネージュの友達だとは言ってあるので、特に反応はないと思っていたが、しかしカーもハクムも目を見開いて、


『……雪竜スノウ・ドラゴン様と競争とは……。戦って勝ったと言うだけでも驚きなのに、そのような普人族ヒューマンがいるのだな……』


『このハクム、生まれ落ちて百年は経ちましたが、まだまだ知らぬことばかりだと身が引き締まる思いですぞ……』


 そんなことを言ったのだった。

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