第118話 試合
「家を探すの!」
パブロたちの馬車から離れ、ポルトファルゼの街へと降り立った俺たち。
ネージュが手を挙げてそう叫ぶ。
別に構わないんだが……冷静に考えると見た目十四、五の娘と五歳の子供二人連れが発する台詞じゃないよな。
まぁ、別に子供だろうと住む場所は大事なのでおかしくはないかもしれないが。
パブロたちはとりあえず宿を探しに行くと言うことで、俺たちも一緒にどうかと言ってくれたが、別に俺たちにしろネージュにしろそれは必要ない。自分たちで探すことにするよ、と言い訳をしておいた。
《狩猟祭》はこれからある程度の期間にわたって行われるらしいので、別に一旦、レーヴェの村に帰って、また今度来る、でも問題ない。
となると、今日やるべきは、ネージュの家探しと言うことになる。
俺たちもこれには協力するつもりだ。
なぜなら、ネージュの家というが、俺たちも使ってもいいと言ってくれたからだ。
そもそも、グースカダー山の主であるネージュである。
ずっと街にいるわけにもいかないし、そうなると結構空き家となってしまうことが想定される。
家というのは人が使っていないとなぜか劣化が激しく進むもので、だったら、ということのようだ。
それに人が生活で使うもの、必要なもの、についてはネージュもよくわかっていないため、そういうものを揃えたりなど、俺たちに協力できることはたくさんある。
持ちつ持たれつでやっていこう、ということだ。
「……家を探すのはいいんだが……とりあえずどこの商会に行くかがとりあえず問題だな」
俺がそう言うと、リュヌが頷く。
「確かにな。こんなメンバーじゃ確実になめられるだろうし……だが、いざとなりゃ俺たちならなんとでもなる。気楽にいっていいだろうぜ」
「あんまり物騒な手段に訴えるつもりはないぞ?」
念のために言っておくと、リュヌは笑う。
「そういう方法もあるにはある。横領とか脱税の記録とか盗みに入って、それを匂わせつつ、いい物件をただで寄越せ、とか要求するとかな?」
「絶対にやめろよ……いや、ばれなきゃいいのか? まさかネス大陸からやってきているとは思うまい」
俺がふっとそれに気づいて言うと、リュヌは、
「そりゃあな。だが、一応最初はやめておこうぜ。金はネージュが持ってるんだ。まずは正攻法で行って、それでもだめなときは、ってこった」
「……確かにな。最初からもめ事を起こすこともない、か。しかしそれでもどこの商会にする? 俺は流石にこういう知識はないぞ」
俺がそう言うと、リュヌは言う。
「まぁ……こういうときは、とりあえず聞き込みからだな。いくつかでかい商会もここにはあるから名前は俺も知ってるだが、内実って奴は聞いてみねぇとわかんねぇ。お前らはちょっとここで待ってろよ」
それから、リュヌは人混みの中に身を翻してどこかに行ってしまった。
おいてかれた俺とネージュである。
どうしたものか、と思っていると……。
「……おっ? 上玉がいるな。おい、そこの嬢ちゃん。俺たちと遊ばないか?」
おかしな奴がよってきた。
これにネージュはきょとん、とした顔で、
「遊ぶって……何をするの?」
「え? そりゃあ……な。お互いのことを深く知り合うって言うか……試合みたいなもんだな」
とふざけたことを言い、下劣な声で笑う。
本気で言っているのか、ただからかっているのかはわからないがあんまりいい気分じゃないな。
止めた方がよさそうだ……と俺が思ったところで、ネージュが、
「試合? うーん、じゃあ、ネージュからやるの。そこで立ってて」
といい、男が首を傾げてネージュの前に来た瞬間に、目にも留まらぬ速さでネージュの拳が男の腹部に突き刺さった。
「……うぶっ!」
そしてそのまますごい勢いで吹き飛んでいき、地面をズザーッと滑りながら大通りを街の入り口の方まで進んでいった。
一応、まだ見える距離で止まったが、しかし、全く動かない。
死んだわけではない、ということは男から死霊があがってこないことからもわかるわけだが、相当なダメージを負ったのも間違いないだろう。
たぶん、気絶しているな……。
周囲の人々は、いったい何が起こったのか全く把握できていないようで、驚いた顔で倒れた男の方を見つめている。
ネージュの拳があまりにも速すぎ、見えなかったのだろう。
少し周囲を観察すると、二人ほど、見えていたらしい者もいたことがわかるが、しかし怯えるようにその場から逃げ去っていった。
ネージュの正体がわかった、というわけではないにしろ、相当強い危険な奴だ、ということは察したらしい。
近づいてこられて何か言われるよりはずっとましな反応なので、そいつらはとりあえず放っておくことにする。
「……ネージュ。なんでいきなりあんなことを?」
一応、尋ねると、ネージュは言う。
「試合って、殴り合いのことなの。最後まで立っていた方が勝ちなの」
ものすごい価値観である。
「それは誰から教えられたんだ?」
「? お母様に。お母様とか、グースカダー山のオークやゴブリンともたまにやるの。勝った方に貢ぎ物をするのがルールなの」
「あぁ、そういう……」
野生の中の掟か。
というのもあれかもしれないが、グースカダー山ではそういうルールで《試合》が行われていたから、あの男の台詞もそういうことなのだと理解したということだ。
俺はとりあえずネージュの勘違いをただしておくことにする。
そうでないとまた同じようなことになりかねない。
今回はかろうじて生きているからいいものの、殺したらしゃれにならないからな。
究極、俺が死霊として蘇らせる、という方法もあるが、あんな奴を従えたくないし……。
まぁ、蘇らせて人に目撃される場所で自殺させてから死霊を霧散させてしまう、なんていう方法もとれなくはないが、流石にそれは非人道的過ぎだろう。
俺は俺のこれからの精神衛生のためにネージュに言う。
「……試合ってのはな、人間の世界だとそういうルールじゃないんだよ。何かの勝負って言うのは間違いないが、いきなり殴り合いとかはだめだ。まず、どういうルールか聞いてから、始めないと」
「そうなの……? わかったの。でもあの吹っ飛んだ男の人には悪いことしたの……生きてると思う?」
「……まぁ、あの男については俺が回復しておくよ。とにかく、これから気をつけような」
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