第74話 契約の結果

『……これで、終わりか?』


 胸元から伸びていた鎖が消えたことを確認して、男ーーリュヌがそう尋ねる。


「ああ。契約は成った。これでお前も動けるようになったと思うが……」


 そういうが早いか、男はその場からぐぐ、と体を動かし、そして、自らの死体の上から離れる。


『お? おぉ! 動ける! 動けるぜ!』


 そのままふわふわと礼拝堂の中を飛び回ったり、地面に降りたり、壁に触れようとしたりと色々動き回った。

 これで、彼は自縛霊の呪縛から解き放たれたということになる。

 とは言っても、まだこの状態では出来ることはそれほど多くはないが。

 確かに、年を経た怨霊になると霊体のままでも十分に驚異的な力を振るうことが出来る物もいる。

 だが、リュヌについてはまだ死霊になって間もないわけだし、そのままの状態での力の振るい方については分かっていないだろう。

 案の定、


『……なんだか、壁や地面に触ろうとしてもすり抜けちまうな? 頑張ればなんとなく触れられなくもないが、すげぇ疲れるぜ』


「だろうな。その辺は練習が必要だ」


『練習ねぇ……あっ、そうだ。地面に潜れるんだけどよ、これ、ずっと下までいったらどうなるんだ?』


「やめておけ。途中で帰って来れなくなるぞ」


 地の底は冥界につながっているとも、別の世界に続いているとも言われるところだ。 

 あまり深く潜りすぎてもいいことはない。

 それに、かなり下の方だが、結界のようなものがあることは確認されている。

 触れると弱い霊体は吹き飛ばされかねず、従って行くべきではない。

 そんな話をリュヌにすると少しおっかなそうな表情で、


『肝に銘じとくぜ』


 そういったのだった。

 それから俺は、


「じゃ、用事も済んだことだし、屋敷に戻るぞ。お前に体をやる約束だったしな」


『あぁ、ケルドルン侯爵の屋敷か?』


「そうだ。今、俺はあそこに厄介になってるからな。元々は違うが……」


『ハイドフェルドの人間らしいな? それ以上は調べられなかったが』


 流石、元暗部の人間である。

 そこまで調べがついているとは。

 しかしそれ以上分からなかった、というのはテオが最近までほぼ勘当に近い扱いを受けていたからだろうな。

 加えて、ハイドフェルドが情報を他に明かさないようにしっかりとその辺りに注意している、というのもあるだろう。

 

「まぁな。その辺もおいおい説明していこう」


『楽しみだぜ……それと、俺はこのままあんたについて行っていいのか? 他の奴らに見えたりはしないのか?』


 リュヌがそう疑問を口にする。

 彼からしてみれば、自分の姿は見えているわけで、他人からどう見えるのかはよくわからないのだろう。


「基本的には、そうだな。ただ、俺のような死霊術師の視界には映ることはある。それに、もともと目に魔眼構造を持っている者もな。純粋な子供にも見えることはある。それと、死に近づいている者も見えたりするが……まぁ、そういうのは例外だ。ほとんどの人間にはまず、見えんと思っておいていいだろう」


『そうか……じゃ、覗きはし放題なんだな?』


「お前、不埒な……ただ、そういうことだな。だが、あまり油断はしない方がいいぞ。お前にだれも攻撃できない、ということではないからな」


『え?』


「たとえば、神聖魔術関連は注意が必要だ。霊体をそのまま晒して神聖魔術を浴びると消滅しかねないからな。神聖系統の結界の類も同じだ。お前は触れるだけで消滅する可能性がある。体を持てば違うが、いきなりそういうのを使える奴のところに近づくのは薦めない」


『神聖国に偵察に行ったらやばいと思うか?』


「そんなことするつもりだったのか? いや、いずれはいいかもしれんが、今はな。やるなら、まず今の自分に何が出来るのか、それを把握してからにしろ。俺も可能な限りの説明はするし、何なら修行につきあってもやる。これでも神聖魔術関連はある程度使える」


 ただし、昔のものになるが。

 現代のものは使えないと言うか、知らないからな。

 ジールの神聖剣の技、光剣払いだって、俺は知らなかった。

 今なら見たからまねは出来るが……神聖剣自体の練度が足りていない。

 剣技としてはまだまだジールには及ばないだろう。

 ただ、それでもリュヌのような霊体に対しては攻撃力を持つ。

 今の俺の光剣払いでも、リュヌくらいだったら吹き飛ばせる。


『神聖魔術を使えるって……あんた、本当に何者なんだよ? それに、さっきの名前……アインベルク・ツヴァインっての、何だ? アイン・レーヴェってのがあんたの名前なんじゃないのか』


 今更になって俺がどんなものなのか、リュヌは気になってきたらしい。

 まぁ、そりゃそうだろう。

 見た目が五歳で、なのに死霊術師で、さらに神聖魔術も使える、なんて言われれば混乱する。

 リュヌにはありとあらゆる指示を聞かせられるようになったわけで、ジール同様、すべてを話してしまっても構わない相手だ。

 だが、俺はそれをするつもりはない。

 そんなことをしても、面白くないからだ。

 それに、死霊に無理強いをすることも俺の流儀ではない。

 お互いに、少しずつ知っていく。

 それが昔からの俺の基本的なやり方である。

 まぁ、場合によってはすべて支配してしまって情報も何もかも抜き取って使い捨てに、なんてこともやってきたけどな。

 ただ、ああいうのは緊急事態だからこそやることで、今のようなときにやることじゃない。

 だから、俺はリュヌに言う。


「お互いのことは、これから少しずつ知っていけばいいさ。あんまり急ぐと、関係が崩れることもあるだろう。それに、リュヌ、お前にだって俺にはそうそう明かしたくないこともあるだろう?」


 言われて、やはりそれなりに心当たりはあるらしい。


『あるけどよ……あんた、俺にもジールと同じようにプライバシーを尊重してくれるつもりなのか?』


 自分にはそれは保証されないだろう、とリュヌは思っていたらしい。

 しかし俺は言う。


「当然だろう。世間一般から見ればおかしい、と言われるのかもしれないが……俺からすれば、ジールもお前も同じだ。同じものを保証するさ」


『あんた……本当に変な奴だな。だが、分かった。それなら、俺の方もあんまり詮索はしねぇ。まぁ、話したくなったら話してくれても構わねぇけどな?』


 そういったリュヌに、俺は頷き、


「気が向いたらな……じゃ、そろそろ本当に行くぞ」


 と言う。

 リュヌもそれにうなずいて、


『あぁ。そうだな』


 そういったのだった。

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