第49話 光剣払い
俺とジャンヌがジールの言葉に深く頷くと、ジールもまた、満足そうにうなずいた。
目標が共有されたと言うか、今、しっかりと師弟になったような気がする。
俺はちょっと違うのかもしれないが、ジールとジャンヌの間には固い絆のようなものが出来かけている気がする。
そもそも、ジャンヌは結構ジールを尊敬しているところがあるのは今まで彼女にジールについて聞いて、得られた答えからもよくわかるしな。
それが男女の恋愛には発展しそうもないことも分かってしまったが、
ジールの容姿はかなり格好いいし、女中なんかが熱を上げるのもよく理解できるほどのものだ。
まさに絵本に描かれる神聖騎士、と言った雰囲気もあり、舞台俳優になればその役柄は二枚目に収まることだろう。
かといってそう言った者特有の鼻にかけるような態度もなく、剣術の腕前も超一流である。
これに落ちない女がいるとしたら、普通の男からすればもうどうやって女を落とせばいいのかと泣きたくなる。
ジャンヌはまさにその落ちない女なわけだが……子供過ぎるからか?
いや、そうではないだろう。
我が義理の叔父上、イグナーツにはしっかりと惚れたわけだしな。
やっぱりジャンルの違いか……女心は難しいものだ。
「……さて、これで今日の修行もあらかた終わり、かな」
ジールがそう言い始めたので、ジャンヌが少し不思議に思ったらしく、尋ねる。
「もうですの? いつもはもう少し、長めですけど……」
「うん、もう少しはやるんだけどね。ただ、剣術の修行、というよりは他の方向の修行をするつもりなんだよ。ちょうど、ロザリー殿に頼まれたこともあるし、そうした方がいいかなと思って」
これにジャンヌは首を傾げる。
俺もどういうことかな、と思ったが自分で頼んだロザリー本人はしっかりと覚えていたようだ。
「む、もしや《光剣払い》のことかな?」
そう言えば、ロザリーにそれを見せてくれ、と頼まれていたな。
その代わりに模擬戦をしてくれ、という話だった。
模擬戦はたった今行ったわけで、今度は代金の支払いをしよう、ということなのだろう。
しかしそれが修行に繋がる、というのは何だろうな。
ジャンヌにはまだ《光剣払い》は早い、というような話だったように記憶しているが……。
ふと気になって横のジャンヌの表情を見てみると、そこには憧れの気持ちで彩られた光り輝く顔のジャンヌがいた。
その顔は雄弁に語っている。
――わたくしに《光剣払い》を教えていただけるんですの!?
そんな感じだ。
まぁ、あれは神聖剣の代表的な技で、かなり有名だと言う話だ。
絵本にも英雄が使うような技として出てくるわけで、それを教えられるというのは嬉しいだろう。
しかし、やはりここでネックになるのが、まだ早い、というジールの言葉である。
そう思っているとジールがロザリーに言う。
「ええ、そうです。《光剣払い》は神聖剣における代表的な技。その実、発動させるだけであればさほどの難易度ではないのですが、それだけに奥の深いものでもあります。真実、神聖剣を極めたものが使えば山をも崩すと伝えらえているほどです。ただ、これについては怪しまれていますが……現代の神聖剣を収めた剣士は、これを儀典的な技だと捉えているので……」
「それはどういうことかな?」
「つまり、悪く言えば見せかけの技に過ぎない、良く言えば、神のご威光を分かりやすく視覚化した技である、という感じでしょうか」
「……あまり有用な技ではないのか? 確かに、戦場でそれを使う神聖剣の剣士はあまり見たことがないが……」
「そうでしょう? 全く無意味という訳ではないのですが、大半の神聖剣の剣士にとっては、多少攻撃力が上がる、と言った効果しかないのが実情です。その割に魔力消費も大きく……」
「なるほどな。それではあまり使えんか……。しかしだ。今、貴殿は“大半の”と言ったな? つまり、そうではない者もいるということか?」
ロザリーが耳聡く聞きつけて、指摘した。
確かにな。
例外がいるような言い方だった。
これにジールは答える。
「ええ、そういうことになります。私は本物の《光剣払い》を見たことがあります。数多くの悪魔を、一撃で全て屠っていました。この光景をかつて見た者が、その技に《光剣払い》と名付けたのだと、そのとき納得しましたよ。自分の使っていたそれは……矮小な悪霊を浄化できるほどの力しかないと言うのに、と」
そのときのことを思い出してなのか、ジールの視線は遠くを見るような色に変わっていた。
それほどまでに彼にとってはその光景は衝撃的なものだったのだろう。
気持ちは分かる。
自分にはとても不可能なことを可能にする力の持ち主というのが確かにこの世にいて、その力を目の前で見せつけられた瞬間というのは、人生が大きく変わるほどの衝撃を与えてくる。
俺も……そう。
俺も魔王陛下の力を初めて目にした時は、同じことを思った。
かの方こそ、我らの王なのだと。
しかしそんな方ですら滅びたという。
世の中は広い。
「……おっと、話がずれました。そんなわけで、私の技はさほどでもないですが、しかし《光剣払い》を使うことはできます。今からそれをお見せしましょう」
ジールは続けてそう言った。
ロザリーはジールに本物の《光剣払い》を見せた人物のことを聞きたそうだったが、ジール本人がそれについて語らずに次の話題に移ったこともあり、尋ねないことにしたようだ。
最初にジールの抱える事情については聞かない、と約束しているから当然の対応になるだろう。
もちろん、ジールが答えてもよさそうなものについてはその都度聞いていいだろうが、これについてはグレーだと言う判断だな。
いつでも聞けることだし、あえて今踏み込む必要もないだろう、とそういうことだ。
それからジールは立ち上がり、木剣を持って構えた。
至極普通の構え。
正眼の構えだ。
それも、盾を持っておらず、両手で剣を持っている。
そうしなければ使えない、というわけでもないだろうが、どういうことかな。
そう思って見ていると、ジールが集中を始めた。
ジャンヌやロザリー、それに俺に見せるためにゆっくりとやってくれるようだ、ということが分かる。
ジールの体に魔力が集中しているのが見えるからだ。
魔力の集まる速度は遅く、実戦で使うようなものとはとても思えない。
ロザリーが以前、型の確認でやっていたような、あえてゆっくりとやることで技術を確認する手法と同じなのだろう。
そして、魔力が十分に集中したところで、ジールは言った。
「……ここにあれ――“
それは魔術の詠唱だ。
神術か聖術か、それとも神聖魔術なのかはそれらの定義についてよく知らない俺には分からないところだが、確かに魔術の発動が感じられた。
俺の感覚からすると、巨大な魔力が蠢いている、という感じではなく、弱めの魔術の発動、という感じだな。
ジールの言葉の直後、ふわりとした白い光が彼の持つ木剣に纏わりつき、輝かせている。
ただ、彼が語ったように、結果に不相応な魔力が使用されているな。
おそらくはロスが大きいのだろう、という推測は立つ。
それも魔術自体が不完全というか……。
いや、文句をつけるのはやめておこう。
横を見ると、ジャンヌが目を輝かせてその光景を見ているわけだし。
それからジールは木剣を八双の形に構え、それから俺たちに背を向けて、前方に向かって横薙ぎをした。
中庭全体に風が立つ。
今の素振りによって発生したものだと言うことは明らかだった。
そして、ジールはふぅ、と息を吐くと、木剣に纏われていた光は静かに消えていったのだった。
「……今のがいわゆる一般的な《光剣払い》になります。いかがでしたか?」
そう言った彼に、俺たちは拍手をする。
それから、まずロザリーが、
「いいものを見せてもらった」
次に俺が、
「確かに普通の木剣を振るよりも力強いものを感じました」
と言って、最後にジャンヌが、
「わたくしも使えるようになりたいですわ!」
と言ったのだった。
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