第102話 かわいそうな子供
「……ま、今日のところはこの辺で切り上げて帰るか。あんまり遅くなると両親が怪しむからな」
「おう、そうだな」
俺とリュヌはそんなことを言い合いながら片づけを始める。
部品や工具類はしっかりと決めた場所に置き、確認する。
これについてもリュヌには徹底させた。
なぜなら、小さい魔道具程度なら別に構わないが、これから作ろうとしている転移装置クラスの魔道具となると、そういうものが少しおかしなところに紛れ込んでしまうだけでも大事故が起きる危険性がある。
意外と工具類の置き忘れ、なんてことはあることだからな。
確認する順番や場所をはっきり決めておくことは大事だ。
その必要性についてリュヌがどれだけ理解してくれるか教える前は疑問だったが、意外に簡単に納得してくれた。
それもまた、彼のもとの職業から来る感覚のようだった。
暗器の類を標的の家に落としてきたりしたらまずいから道具の確認はよくよくしっかりするのだという。
魔道具技師と暗殺者って実は相当に根底で似通った部分がある職業なのだろうか……?
いやいや。
まぁ、どんな職業でも極めれば通ずる部分は多い、ということだろうな
片づけも終わり、俺たちは洞窟を後にする。
太陽の位置を見れば、日も後少しで暮れることが分かる。
「少し、急ごう」
俺がそう言って足を早めると、リュヌも頷いた。
普通の方法ではなく、気による身体強化を行ったものだ。
これにリュヌもすんなりついてくる。
まぁ、当然といえば当然の話だ。
ただ、これを他人に見られたら、なんなんだお前等は、ということになるだろう。
五歳にしか見えない子供二人が森の獣もかくやという速度で鬱蒼と茂る深い深緑の木々の間を駆け抜けているわけだからな。
怪しいことこの上ない。
しかし、誰かに見つかる、なんというミスはしようがない俺たちである。
何の問題もなくレーヴェの村の近く、普通に村の子供が遊んでいる森の浅層まで到着し、そこからは身体強化を解除し、普通の状態で軽く走ることにする。
「着いたな。今日の晩飯は何だろうなぁ……」
リュヌが頭の上で腕を組みつつそう言った。
「お前はいつも食い過ぎなんだよ……居候なんだからもう少し遠慮しろ」
俺がそう言うと、リュヌは笑って、
「なんだよ、お前の両親が本当のお父さんとお母さんだと思っていいって言ってくれたんだから問題ないだろ。それに、この年じゃ、変に遠慮する方が怪しいからな。役作りも含んでるんだぞ」
「そう言われると……反論しにくいな」
リュヌは今、俺の家では居候として振る舞っている。
おおむね三ヶ月前、リュヌはある日突然、レーヴェの村に現れたのだ。
俺との事前相談は一切なかったが、その理由を尋ねれば、あんたも素で驚いてくれないと困るからだ、と言われた。
そうしなければ俺が怪しまれ、何か知っているのではないかと詰問される可能性もあるからだ、と。
それを聞いて確かに、と俺も思った。
やはりこういうことに関しては、リュヌは俺など足下にも及ばない専門家である。
彼に任せるのが最もいいだろう。
そして、レーヴェの村に現れた彼の格好は傷だらけだった。
たくさんの切り傷と、重傷に見える大きな刺し傷まであったが、すべてはリュヌが自ら作り出したものだ。
ただし、見せかけだとやはり疑われる可能性がある、ということですべて本物の傷である。
本職の暗殺者とはここまでするのか、と思うと同時に、流石だなと思った。
その思いは、村の者たちが総出で彼の手当をしたが、その際に、重傷にしか見えなかった傷も奇跡的に急所を外れていて、内臓などは一切傷ついていなかった、と聞いたときにさらに強まった。
針の穴を通すような奇跡だったというが、当然のことながら奇跡などではなく、故意である。
すべての傷の治療を終え、どんな事情があったのかと聞かれると、彼は何があったのかは分からないが、突然自分の住んでいた家が魔物に襲われて、両親はやられてしまい、自分もまた大けがを負った、ということを臨場感たっぷりに語った。
もちろんのこと、強く怯えながら、また気が進まないようにするのも忘れることなく、である。
それらの事情を聞き、村人たちが出した結論は、おそらくは何らかの事情で普通の町や村に住めなくなった夫婦が、森の奥に小さな小屋を造り、そこで自給自足していたのだろう、というものだった。
リュヌが語った事情の中に、そうとれるものがいくつもあったのだ。
お父さんは昔、あんまりよくないことをしたみたい、とか、お母さんはお父さんを追いかけてきて、家とは縁を切ったって言ってた、とか。
うまいのは、まとめて語らずに、ばらばらに、しかもなぜか印象深くなるように話していたところだろう。
そういう経緯を経た後、リュヌの今後の身の振り方が問題になったが、一応、このあたりの領主はうちの父であるテオである。
指名手配されているような重犯罪者だというのならともかく、そうでない限り、テオがその処分を決めることが出来る。
それに、リュヌは子供だ。
その両親が仮に何かしらの犯罪者だったとして、もう死んでいる以上、処分は出来ない。
のちに報告くらいはする必要はあるだろうが、それくらいのことだ。
テオは、リュヌについて、レーヴェの村で引き取ることを決めた。
誰の家で引き取るのか、一応問題になった。
これは押しつけあいになった訳ではなく、取り合いになったのだな。
リュヌが涙ながらにその出自を語ったために、同情心をひどく買ったわけだ。
そもそも、レーヴェの村の住人は善人が比較的多い。
それなりに豊かな村でもあるため、殺伐としたものがないのだ。
だからこそ、リュヌを受け入れようとするものが多かった。
しかし、それではいつまでも決まらなそうだったため、最終的にうちで引き取るということが決まった。
そうすれば他の村人たちも納得するだろうと思われたからだ。
あまりにもつらい目にあったのだし、領主の家の子供になる、という幸福があってもいいだろうと。
リュヌはその提案に、最初は自分の家に帰る、と拒否していたが、テオとアレクシアが根気強く説得した結果、我が家の子供になることになった、というわけだ。
……詐欺だな。
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