第4話 父と我が家

「ねぇ、アイン! なにしてるの!?」


「うぉっ!」


 後ろから声を突然かけられて、びっくりした俺である。

 俺は慌てて、今までかけていた魔術を解除した。

 そう、五歳になって、色々な場所を歩き回ることが出来るようになった俺は、とにもかくにも魔術がまともに使えるかどうか試してみていたのだ。

 その結果は、概ね良好、と言ったところだが、かつての技量や魔力量と比べると、まだまだだなと思うところも少なくない。

 やはり、生まれ変わった影響があるのかもしれなかった。

 しかし、それでもそこまで俺は心配していない。

 なぜなら、技量など練習すればこれからいくらでもつけられるわけだし、魔力量も増やし方は色々ある。

 少なくとも、独り立ち出来る年齢になるまでには、昔の実力の十分の一くらいはつけておきたいところだが……まぁ、なんとかなるだろう。

 ちなみに、今なにをしていたかと言えば、俺の足下には鼠の骨が落ちていた。

 前世、俺がもっとも得意とし、そして俺の代名詞ともなっていた魔術、死霊術を試していたのだ。

 けれど、当たり前の話だがそんな話は誰にも言えない。

 少なくとも、この村に死霊術を使える人間はいないようだから、なぜそんなものが使えるのか問題になってしまうからだ。

 それに加え、俺の時代は……死霊術は汚れた魔術として扱われていたからな。

 魔族はそんなこと気にしなかったが、人間からは本当に悪の化身とか神を冒涜しているとかののしられ続けた。

 だからこそ俺には《冒神の死霊術師》とか《冷酷なる死霊王》とかそんな異名がつけられてしまっていたのだ。

 俺からすると、そこまで冒涜的なことをしている感覚はなかったのだが……人から見るとそう見えた、という話だ。

 

「い、いや……骨が落ちてたから何の骨かなって思ってさ。ラータこそ、こんなところでなにをしてるの?」


 俺が振り向いて、そう話しかけた相手は、俺と同い年の村の子供、ラータである。

 たまに野菜をうちにくれるユリク婆さんの孫である少女で、俺の幼なじみということになるだろうか。

 しかし、俺は当然、見た目は子供でも中身は大人であるので、どことなくどう接したらいいのかわからないというか、すぐ泣かしそうで怖いというか……だから少し避け気味ではあった。

 それなのにラータはよく俺に話しかけにやってくるのだから、子供というのはよくわからない。

 

「んー? ラータはアインを探してたんだよ」


「俺を? なんでまた」


「遊ぼうと思って……だめ?」


「いや、だめじゃないけど……」


 なにをして遊べばいいんだ。

 子供らしさなど、俺にあるわけもなく、子供との遊び方など覚えていない。

 俺が本当に子供だったのなんて、俺の主観だと二百年は昔なんだぞ。

 しかし、そんな俺の手をラータは掴んで、


「こっちこっちー!」


 と言いながら引っ張っていく。

 どこにつれてかれるのかはわからないが……まぁ、成り行きに任せればいいか。

 子供の行く場所など、大して遠くもないだろう。

 そう思った俺だった。


 *********


「はっはっは。それで、池に? 女の子に腕力で負けるとは、アインもまだまだだな」


 俺の自宅であるレーヴェ家の屋敷、その食堂で食事をとりながらそう言って笑ったのは、レーヴェ家の当主であり、俺の父親でもあるテオ・レーヴェだ。

 当主、と言っても偉そうと言うわけでも、実際に偉いというわけでもなく、やはり村一つ程度を領地として収める豪族でしかないので、貴族感はない。

 本人の性格も大らかで、なんというか、いい親父、という感覚だな。

 見た目は流石、美人であるアレクシアを射止めただけあって、中々の美男だ。

 美しい金の髪と青の瞳、鍛えられた肉体は立ち姿も華がある。

 母と二人で並んでいる姿は、どこぞの王族と言っても通じそうなほどだからな。

 実際は、ただの田舎貴族なわけだが……。


 ちなみに今、テオが笑ったのは、俺があのあと、ラータに引っ張られていった先の池に落とされることになったからだ。抵抗しようと思ったが、周囲にとっかかりもなかったし、気づいたときには池に向かって押されていたから手遅れだったのだ。

 この出来事から、俺はラータに嫌われているのか、という話になりそうだが、別にそういうわけではなく、なんでもラータは俺と一緒に泳ぎたかった、らしい。 

 ラータもその直後飛び込んできて、二人でびしょぬれになってそこそこ楽しくは過ごせた。

 確かに遙か昔、こんな風に遊んだような記憶が……と爺のように思ったものだ。

 実際、俺の中身は爺さんだからな……。


「腕力っていうより、不意打ちだったからね……どうしようもなかったよ。それより、母さん、ごめん。服をあんなに汚しちゃって……」


「あぁ、別に構わないのよ、アイン。子供はたくさん汚れて遊ぶものだもの。ねぇ、貴方?」


「その通りだ。俺が子供の時など、もっとひどかったぞ。泥だらけになるまで遊ぶくらいなら序の口、服など三日に一度はどこかしら破けていた。そのたびにメイドが怒鳴りつけるものだから、そこからも逃げたりしてな……」


「まぁ、貴方ったら……」


 この両親の話を聞いていると、父の方の実家は、ここよりも裕福らしい、ということがわかる。

 ただ、どういう家なのか、そして父自身の立場についてもあまり聞いたことがなかった。

 子供の振りをしている以上、あまりそういう家の話をつっこんで聞く、というのは怪しいだろうと思ってしにくかったからだ。

 考えても見て欲しい。

 小さな、五歳くらいの子供が、お父さんの実家はどういった爵位と領地を持っていて、この国ではどういう立場で、敵対勢力はどのくらいいるの、とか、お父さんはこの小さな村を領地とするお母さんのところに婿入りで入ったみたいだけど、そうだということは実家では家を継ぐような立場、つまりは長男ではなかった、ということ?それとも、何か問題を起こして勘当されたとかなの?だとしたらその理由は……。

 なんて、尋ね始めたら怪しすぎるにもほどがある。

 そんな質問をするためには、いろいろと前提知識がないと難しく、この村でそんなものを五歳の子供に事細かに教えられる人間なんてほぼいないからな。

 いるとして、俺の両親くらいで、その両親は俺にそんなことはあまり教えていないのだから、どういういいわけも出来ない。

 ただ、それでも、ちょうど話題に出た今なら、少しくらいは聞いても大丈夫かもしれない、と思った。

 だから俺は言う。


「……メイドって、なに?」


 俺の家にはメイドなどいない。

 使用人すらいない。

 それが、一応貴族、でしかない我が家の実態である。

 まぁ、それで不自由を感じたことはないし、母もたいていのことは自分でやる。

 どうしても人手が必要なときは村人を呼ぶが、それくらいだ。

 つまり、メイドなど、聞いたことがない、というのが俺の子供としての振るまいとして正しい、というわけだ。

 これにテオは、あぁ、という顔をして口を開く。

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