第158話 食糧事情

『……さて、それではとりあえず氷狼を探すか。この周辺にいるはずだぞ』


 カーがそう言ったので、俺は頷きながら尋ねる。

 

『探し方は……しらみつぶしに見回る感じか?』


『効率は良くないが、他に方法がないのでな……氷狼の奴らは、普段は俺たちのように集落を作って一つ所で生活をするようなものではない。それこそ、子育てのときくらいだな。だからどこにいるのか皆目見当もつかん』


 狼系統の魔物はそれなりに知っているが、氷狼についてはこの山固有の存在だから俺もよくは知らない。

 一般論を言うなら、仲間意識が強く賢い生き物であるというくらいは言えるだろうが……。

 住処については確かに探しにくいものが多いかな。

 群れについてもさほど大きなものを持たず、大きくとも十頭いかないくらいが多い。

 少なければ五頭ほどということもある。

 この辺りについては氷狼も同じだろうか、と思って聞いてみるとカーは頷いた。


『概ねその通りだな。氷狼の奴らの群れは小さい。五頭ほどが多いな。そういった群れが山全体にいくつかある、という感じだ。だから総数は少ない』


『だけどそれでカー達、雪豚鬼スノウ・オークスノウゴブリンに対抗できるだけの力があるのだろう? やっぱり強いのか』


『そうだな……個体能力としては氷狼が最も強力だろう。ただ、数を見るなら雪ゴブリンが最も多い。我ら雪豚鬼はその中間という感じだな』


 雪豚鬼は意外にもバランス型なんだな。

 まぁ、そこそこ強く数も多すぎず少なすぎずというのはこの雪山においては悪くないのかもしれない。

 あまり大勢を養える資源のあるところではないからな。

 氷狼の数が少ない、というのも最も強いということを考えればやはりよいバランスなのだろう。

 もしも数が多ければ山の生き物を蹂躙し、雪の荒野にしてしまうかもしれないしな……。

 そうすると雪ゴブリンはどうなのか、という気がするが……。


『雪ゴブリンは食料なんかをちゃんと確保できてるのか?』


『あいつらは手先が器用でな。ひっそり下界の森に住むゴブリンなどと交易をして食料を含む、様々なものを手に入れているのだ。もちろん、山での狩りもするが、山の魔物は手強い。雪ゴブリンではそれだけでは賄えぬようだからな。それに、我らも雪ゴブリンからものを仕入れることはあるぞ。代わりに大型の魔物の素材などを提供したりすることもある』


 これは少し意外な話だった。

 雪豚鬼と雪ゴブリンはかなりいがみ合っているものかと思っていたが……しかし思い返すに、集落の族長ハクムが、客が来たとカーに言われたとき、雪ゴブリンが来たのかと勘違いしていた。

 あれはそういう交流の相談をする予定が近くあったから、ということなのだろうな。


『今更だが、この山での生活は楽ではないんだな……』


 特に食糧確保がとくにかく厳しそうだ。

 ほぼ年中雪に覆われたところだ。

 さもありなんという感じではある。

 しかしそれでも滅びずにやってきている者たちが確かにいるのだ。

 見上げたものだと思う。


『それでも悪くはないのだぞ……我ら雪豚鬼は中でも恵まれている方だ。最も厳しいのは実のところ氷狼かもしれんな』


『そうなのか?』


『奴らは誇り高いが故に我らや雪ゴブリンのような交易をせんからな。獲物は自らの手で取らねば気がすまんようだ。だからこそ、グリフォンの群れになど戦いを挑んだりする』


『あまり薦めない言い方だな?』


『それはそうだろう。こうして子育てをしている時期のグリフォンの気の立ちようと言ったら、我らでも恐れるほどのものだからな。アインも気をつけるのだぞ。近づけば総攻撃を受ける』


 言われて、そういえばそうだったな、と思い出す。

 グリフォンは群れで自らの卵や子供たちを守る家族愛の強い魔物だ。

 何か敵が来た、と認識すればそれに向かって群れ全体で攻撃を加える。

 そういう性質がある。

 普段はこれほどの数が群れることなどないのだが、子育て期間中はその限りではない。

 昔、子育て期間のグリフォンの巣の近くを軍で通るか通らないかという選択に迫られたことがあったが、我ら魔王軍ですら避けたくらいだ。

 それくらい、子育てをしているグリフォンの群れは、恐ろしい。


『……そのことを氷狼たちも分かっているのか?』


『分かっているだろうとも。毎年のことだからな。ただ、奴らも賢いもので、夜のうちに一匹釣り出して狩ったり、それなりに考えてはいるようだ。失敗したときは群れごと潰されてしまう危険もあるがな』


 やはり、この山は本当に厳しいな……。

 厳格な弱肉強食がまさに比喩でなく行われてる空間というわけだ。

 そこに手を出すのは自然を乱すようで欲はないのだろうという気がする。

 しかし、俺たちが話し合いをする前に折角会うことが出来そうな氷狼の群れが潰されてしまっては困るのだ。

 それをかんがえると……。


『……グリフォンの群れに接触する前に、氷狼を見つけた方が良さそうだな』


 俺がそう呟くと、カーが意外そうに言う。


『奴らの狩りを止めるつもりか?』

 

『そうしなければ群れごと潰されてしまう可能性もあるのだろう? だったら是非もない』


『確かにそうなのだが……奴らも食料が関わっているのだ。必死だぞ。何もかかっていないときに戦った方が楽ではないか? もしくはグリフォンと戦った後、つまりは疲弊した後に挑むというのもある』


 意外にカーは狡猾だった。

 しかし流石にそれはなんというか、可哀想だからな。

 俺としては正々堂々とやっておきたいところだ。

 ネージュが言う、上下関係を教えておけ、というのはこっちが圧倒的有利な中で戦ったところで意味もないだろうしな。


『そんなことしなくても俺が勝つから問題ない。それに……少し試してみたいことがあってな。カーが言うには氷狼は誇り高く、自ら食料を確保しなければ納得しないと言うことだったが……ちょっとな』


 狼系の魔物特有の性質、というものがある。

 そこに照らすと少しばかり違和感があるのだ。

 

『ふむ……? まぁ、別に俺としては構わんがな。では、グリフォンを刺激しない程度に巣の周囲を見回ってみるか……近づけばおそらく襲いかかってくるだろうから、分かるはずだ』


 カーがそう言って進み始めたので、俺も頷き歩き出した。

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