第209話 鎧騎士との対話

 漆黒のオーラを吹き出す槍を構えながら、こちらを油断なく見つめる鎧騎士。

 目の前にいるその恐ろしげな敵が一体何者なのか、ロサには分からなかった。

 

 ファジュル大森林の精霊は、今、邪精霊と戦っているはずだった。

 それは精霊にとっても、この世界にとってもさして珍しいことではなく、ある意味でありふれた事だった。

 長い時を生きる精霊にとって、滅びを知るのは、何者かに消滅させられた時か、邪精霊となり同族の手によって滅ぼされるかのどちらかしかない。

 邪精霊へと身を落とした暁には、いつか仲間たちが滅ぼしに来るだろうと、深く沈んだ意識の果ての中で望むのだと言われている。

 だからこそ、邪精霊たちとの戦いは精霊にとって聖戦とも呼べるもので、今回もまたそうであるはずだった。


 けれど……この目の前の存在は一体なんなのだろう?

 邪精霊たちとの関係はよくわからないが、少なくともその襲撃に合わせてここに現れたことは間違いない。

 利用しているのか、それとも協力しているのか……。

 ロサはこのような事態を、この世界に生まれ落ちてから一度たりとも聞いたことがなかった。

 だからこそ、ロサは直接尋ねた。


『貴方は……何者なのです!? 見れば邪精霊とは異なるようですが……』


 精霊の中には鎧騎士の姿をした者もいないわけではないので、姿だけ見るならその可能性もないではなかった。

 ただし、ロサには精霊の気配ははっきりと分かる。

 たとえ邪精霊に落ちていたとしても、だ。


「はっ。そんなことはあんたには関係ないさ……なぜなら、あんたは今日ここで、消滅するんだからなぁ!」


 しかし、鎧騎士はロサの質問には答えず、地面を踏み切って槍を振るうことで答えてきた。

 ロサとしても別に答えが返ってくると期待していたわけではない。

 一応の確認にすぎず、こうなることも予想していた。

 そして、何もわからないまま滅びるつもりも勿論、なかった。

 通常の武具であれば精霊であるロサは大したダメージを受けることはない。

 全くの無傷、というわけにはいかないが、かすり傷程度で終わり、すぐに修復してしまう。

 だから、そういった武具による攻撃であれば避ける必要はないはずだった。

 だが、ロサはこの鎧騎士の攻撃には危機感を感じた。

 武具それ自体に宿る、何やら不気味な力が、確かに自らの本質にまで届くだろうと、そういう予感を抱かせたのだ。

 だから自らの槍を振るい、鎧騎士の槍を弾く。


「ほぉ、やるな。流石はファジュル大森林の精霊を束ねる、森精霊の女王だ。だが、その余裕がいつまで続くかな……?」


 弾かれた槍を引き戻すと、今度は大振りではなく、細かな突きをいくつも繰り出してくる鎧騎士。

 その技には確かな実力と類稀なる膂力が宿っていることが感じられ、途端に防戦一方となる。

 突き一つひとつに必殺の威力が込められている上、狙いは極めて正確で……。


『……精霊と、戦い慣れている……!?』


 ロサは、そのことに気づいた。

 精霊の本質、つまりは人間でいう心臓に当たる核の部分は、必ずしも胸の中心にあるというわけではなく、精霊によって位置が異なる。

 そして、精霊以外がそれを見抜くことは本来、至難の業であるはずなのだが、この鎧騎士はロサの本質の位置を、確かに見抜いているような動きをしているのだ。

 そんな感覚から出たロサの台詞に、鎧騎士は、


「ははは! よく分かったな……精霊とやり合うのは、これが初めてじゃねぇんでな。いきなりあんたみたいな大物を狙うなんて馬鹿はやらねぇ。まずは相手のことを知った上じゃねぇと行けねぇだろ。そう思って、何匹か下級精霊と戦っておいたのよ!」


『なっ……』


「下級精霊っつっても、しっかりと人間やら動物の形を取れる中位精霊たちだぜ? だからか、どいつもこいつも中々手強くてよ……危なく死にかけたこともあったが、そのお陰で、こうしてあんたほどの精霊とも戦えるようになったんだ。褒めてくれよ!」


『ふざけたことを……ここを攻めるために、わざわざ静かにその役割を果たしていた精霊たちを滅ぼしてまわったですって……? それがどれだけ罪深いことか!』


「それはあんたの尺度だな。まぁ、気持ちは分かる。俺にとってはちょうどいい訓練相手を務めてもらいたかっただけだ……あんた自身についても同じだな。そろそろきつくなってきたんじゃないか?」


 笑い声を上げながら、槍による猛攻を繰り返す鎧騎士に、ロサも限界に近づいてきていた。

 人間のように筋肉やらに依拠した体力は存在しないにしても、同様の概念は精霊にもある。

 存在し、活動するのに力を消耗するのは同じということだ。

 ただそこにあり続けるだけならば、そして自然を維持するために働き続けるだけならば、それは無尽蔵に回復し、決して疲弊することはないが、こうして戦闘のために魔力を消費し続ければ回復量よりも消費量の方が多くなり、疲れていくことも同じだった。

 

『……まだ、まだ……っ!』


 鎧騎士に対してそう嘯くも、見抜かれていることは火を見るよりも明らかだった。

 このままではいずれ自分はこの鎧騎士に滅ぼされ、大聖樹もまた、同様の運命を辿ってしまうことが目に見えていた。

 

 どうすればいいのか……。


 葛藤するも、答えが出ないロサであった。


 ******


『んー、どの辺なの?』


 ネージュが雪竜姿でファジュル大森林の上空を飛んでいた。

 背中には俺とカーが乗っている。

 高空を無防備に飛んでいる割には、乗り心地は快適だった。

 もちろん、それは俺が魔術を使って気温や気圧を操っているからだ。

 普通の人間ならば息もできなくなってもおかしくない。

 ただ、ネージュはもちろん、カーも魔物であるから、そんなことしなくても平気かもしれないが……まぁ、俺は体は普人族だからな。

 どうしてもこういう対策は必要だった。

 ちなみに浮遊島は元々そういう対策があの装置によってなされているらしく、だから普通の人間があそこにいてもいきなり高山病になったりするということはないらしい。

 通りで快適だと思った。

 もしいつか、普人族の知り合いをあそこに連れて行っても、そういう心配がいらないと思うと安心だな……そんな日が来るかどうかは疑問だが。


『ねぇ、あいんー? 聞いてるの?』


「おっと、すまなかった。精霊たちの居場所だったな……あっちの方に不自然に魔力が遮断されているところがあるから、あの辺だろうな……邪精霊の気配もわずかだが感じる。あまり数は多くないようだが……」


 俺がそう言って指示すると、ネージュは、


『分かったのー』


 そう言って方向を変え、速度を上げて飛んでいく……。

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