第210話 食事

「……この辺りで降りておいた方がいいな」


 俺がそう言うと、ネージュが首を傾げて、


『少し遠いけどいいの?』


 と尋ねてくる。

 確かに彼女の言うとおり、邪精霊たちの気配のする辺りからは少し離れているが、あまり近づきすぎない方がいいだろう。

 というのは、俺やネージュからすればここまで近づけば邪精霊の気配など自明だが、彼らはまだこちらに気づいている様子はないからだ。

 ネージュが雪竜の姿のまま、その辺りに近づけば、余計な警戒を生んでしまう可能性がある。

 戦況がよくわからない以上は、可能な限り注意を払っておくべきだ。

 しかし、


『……私は先に行くわ!』


 オルキスがそう言って、地表に降りたとうとしているネージュの背から早々と降りて、目的地の方へと飛び去っていった。

 彼女自身、精霊であるために自らの力で飛行することが出来るが、ネージュの方がずっと速度が早いために彼女の背に今まで乗っていたのだ。

 また、力の節約のため、ということもある。

 ただ、これくらい近くまで来れば、もはや自分で行ける、という判断だろう。

 俺としては彼女にもしっかりと注意を払って欲しかったが、彼女の立場を考えればそれは難しいことだというのはよくわかる。

 幸い、彼女は精霊であるのだから、邪精霊と精霊の戦いの只中に突然現れたとしても、余計な警戒を生むことはないだろう。

 

「……行っちゃったの。最近の精霊はせっかちなのが多いの」


 人間の姿に変化しなおしたネージュが若干呆れ気味にそう言ったが、


「仕方ないさ。仲間の危機なんだからな」


 俺がそう言うと首を傾げて、


「そういうものなの?」


 と尋ねる。


「そういうものだ。ネージュだって、俺やリュヌが危なかったら助けに来てくれるだろう?」


「んー、アインが危なかったら私が行ってもあんまり意味がないと思うし、リュヌの場合、本当に危ないかどうか疑問なの。でも一応行くの」


 その答えにカーが苦笑して、


「雪竜様の仲間たちは強者ばかりで、例え話としては不適切だったようだな」


 と言った。


「……まぁ、そうだったかもな。ともあれ、助けに行く気分は分かったみたいだからいいだろう」


「カーとかスティーリアたちなら、助けに行くの。早く行かないと死んじゃうかもしれないから」


 ネージュが考えて言ったその言葉に、カーは少しガックリときて、


「俺は雪竜様にとっては庇護の対象か……当然のこととは分かっているが、少しばかり情けないな。まだまだ強くならねば」


「十分強いと思うが……まぁ、向上心は大事だな。お、邪精霊1匹目を見つけたぞ」


 三人で走りながら話していたが、どうやら目的地に近付いたらしい。

 黒いオーラを纏う、半透明の精霊が目の前に一匹いるのを見つけた。

 邪精霊の姿というのは様々だが、一番メジャーなものは、精霊だったときの姿に漆黒のオーラを纏うようになっているものになるだろう。

 これは俺も昔よく見た。

 最も邪気を蓄積していない邪精霊で、その力はさほどでもない。

 と言っても、元々の精霊の力にプラスして邪気による強化がかかっているために普通の人間が太刀打ちできるような存在でもないが。


「食べていいの?」


 ネージュが晩ご飯を目の前にしたときのような口調でそんなことを言うので、


「……腹を壊さないなら別に構わんが」


 と言うと、


「じゃあ、食べるの」


 そう言ってから、口から凍えるような氷の息吹を放ち、邪精霊がこちらに振り向く前に完全に凍結させてしまった。

 さらに、手を掲げると凍りついた邪精霊がぐしゃぐしゃとまるまり始め、そして親指大の小さな氷となって、ネージュの掌に納まる。


「じゃあ、いただきますなの」


 ころん、とそのまま口の中に放り込み、バリバリと音を立てて噛み砕き、コクリと喉をならすネージュ。

 それで邪精霊の気配は完全に消えてしまった。


「本当に食うんだな……腹痛くならないのか? 邪気はどうなる?」


 確かに邪精霊を食べる真竜というのはかつて見たことがあるのだが、細かい理屈について説明を受けたことはない。

 いい機会かと思って尋ねてみると、ネージュは答える。


「ちょっとだけ苦いけど、すぐに消化されるの。邪気は竜が浄化できるものだから」


「そうなのか? 神聖魔術なんかでも相当高位のものでなければ難しいはずだが」


 ちなみに俺は出来るが、かつての人間たちだとそれが出来る場合、聖人とか聖女とかとして崇められていた記憶がある。

 

「もともと、私たちの役割だから。すごく昔に、世に漂う邪気を取り込み、討ち払うために作られたのが真竜なんだって。お母様が言っていたの」


「何……? 真竜に、そんな存在意義が……」


 意外な話だった。

 長く生きて力を貯め込めば神にすら辿り着ける真竜。

 彼女たちが邪気を打ち払う力を持つことについてはさほどの驚きはないが、それが主目的だったと言われると意外だった。

 だが、確かに言い伝えなどを鑑みるに納得できる部分はある。

 世界ができたとき、この世には多くの邪気が満ちていたという。

 神はそれらをうまく調整し、この世界を正しい方向へと導いたというが……そのやり方の一つが、真竜だった? 

 ありそうな話だ。

 悪竜が出てくる物語があるが、そういった話は、かつて邪気を取り込みすぎた真竜の末路だと考えると納得もいく。

 まぁ、流石にそこまでいうのは想像力が逞しすぎるかもしれないが、世界の秘密の一端に触れた気分で嬉しくなるな。

 

「あっ、また邪精霊! 食べるの〜!」


 ネージュがそう言って、見つけるごとに凍らせ、口の中に放り込んでいく。

 まるでビュッフェか何かのようだが……楽だからいいか。

 そして、


『お、お前らは何者だ!?』


 邪精霊と交戦する精霊を発見する。

 ネージュはその言葉に誰かが返答する前に、邪精霊を凍らせ、口の中に運んだ。

 精霊たちは絶句しており、ネージュは邪精霊を味わうのに夢中で、カーは肩を竦めて呆れているため、俺が説明をする。


「……俺たちは、味方だ。オルキスと一緒にあんたたちと邪精霊との戦いに加勢しにきたんだ」


『それはどういう……』


「あんたたちの女王、ロサにオルキスを頼まれたんだが、オルキスがどうしても仲間を助けに行くって聞かなくてな……ロサとオルキスがどこにいるのか知らないか? できれば状況も教えて欲しんだが……人間と魔物の怪しい集団には何も教えられないというのなら、勝手に色々やるが」


 俺の言葉に、精霊はなんとも言えない表情を浮かべた。

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