第68話 生命の尊厳

「……ち、治療……? そんな、無理です。私は……魔道具で、毒は効かないように、なってます、が……これはそんなもの関係なく、効いているのです。普通の……毒、では、ない……」


 ジールがそう言ったので、失礼、と言って彼の体を弄ると懐の辺りから金属で作られた紋章のようなものが出て来た。

 中心部には緑色の質のいい魔石が嵌められており、造形物としても非常に美しい品だ。

 よく見ると魔力が事前に注がれていたようで、稼働するように魔石はちらちらと光を反射している。

 これこそが、ジールの言う魔道具ということだろう。

 毒を無効化するもの……昔もあったな。

 ただ、無効化出来る毒の数が増えていくにつれて、製作難易度は跳ね上がっていったが。

 普人族ヒューマンには結局、どんな毒をも無効化する魔道具、というのものは作り出せなかった。

 魔族は量産化まではいかなかったが、そういうものにまで辿り着いていた。

 技術的には魔族の方が普人族ヒューマンよりもずっと上だったわけだ。

 そもそも持っている魔力量や、扱いの上手下手に大きな隔たりがあった上に、寿命まで倍以上の差があった。

 当然と言えば当然である。

 しかし、普人族ヒューマンの馬鹿にできないところは、その爆発力にある。

 どんな経緯を辿ったのかまでは分からないが、結局、魔王陛下ですら勇者に敗北してしまったのだ。

 奇跡を起こす力というか、運を引き寄せる能力というか……そういうものを普人族ヒューマンはたまに発揮する。

 それこそが普人族ヒューマンの強さ。

 繁殖力ばかり強い奴らだ、なんて揶揄する者もいたが……まぁ、それも強さでもあったな。

 数が増えやすいというのは重要だ。

 魔族一人に対して普人族ヒューマンが百人でかかってきたら、やはり厳しいものがあった。

 俺や、他の四天王ぐらいになると百人くらいでもどうにかできたが、平均的な魔族の歩兵となると流石にな。

 それに、普人族ヒューマンにも一騎当千の勇士はそれなりにいた。

 それに加えて数の暴力でかかってこられれば、魔族と言えども戦線を維持するのは厳しかった、というわけだ。

 その結果としての、敗北だったのだろう。


 ……話がずれたな。

 魔道具の話だった。

 この魔道具は……流石にすべての毒を無効化するものではないだろうが、主要な知られている毒物の中でも致命的なものはほとんど網羅して無効化出来るものなのだろう。

 詳しくは分析してみないと何とも言えないが、ジールの話しぶりやローブ姿の男が言った情報から鑑みるに、そうだと言える。

 ただ、それでも流石にゾンビ・パウダーについてはどうにもできなかった。

 それも当然で、定義上、ゾンビ・パウダーは別に毒ではないからだ。

 人の体に毒が影響を及ぼす仕組みと、ゾンビ・パウダーが人の魂に影響を及ぼす仕組みは全く違うもので、この魔道具ではどうやってもゾンビ・パウダーを無効化は出来ない、ということだな。

 そしてそんなものがあることを、流石のジールも予測していなかった……ということだろう。

 ということは、ゾンビ・パウダーは現代においてはかなり珍しい薬物になっているということかな。

 昔も貴重品ではあったが、手に入れようと思えば手に入れられたくらいのものである。

 しかし今は……。

 それか、あるのは分かっていても、解毒の仕方が分からない、ということだろうか。

 そっちの方が可能性が高いかもな。

 俺はジールに言う。


「……それは分かっている……が、この《紫死毒》、私も見たことがあるものだ。これの治療法を学んだこともある。なに、心配はいらない……」


 これは嘘ではないな。

 《紫死毒》がゾンビ・パウダーであることを知っているし、見たことも当然ある。

 治療法も死霊術の一環として師匠から学んでいる。

 ジールは俺の言葉に驚いて、


「そ、それは、本当ですか……?」


 そんな声を上げたので、俺は頷いて答えた。


「あぁ。ただ、問題がないわけでもない……」


「……問題?」


「そうだ……あんたの状態は、いうなれば……魂の一部が欠けている状態にある。《紫死毒》というのは、魂を破壊する毒なんだ。だからこそ、その魂を補充してやらなければならないんだが……」


「な、なにを言って……魂を破壊? そんな、ものが……」


「いいから聞け……俺にはその魂の補充が出来る。だが、魂という奴はよくわかっていなくてな……どうにもできないこともある」


「……それは?」


「人の……生き物の魂は、人の体と不可分に結びついている。人の体が老いれば魂も老いるといえば分かりやすいかな。だが、一度魂が欠けた者にそれを補充すると……この体との結びつきが減衰する。そりゃそうだ。もともと体と結びついていないもので補うんだからな」


「……? そうなると、一体どうなる、のですか……?」


「端的にいれば、老化しずらくなる。もっと言えば、不老になってしまう……かもしれない」


「ふ、不老不死……!?」


 俺の言葉にジールは驚愕の表情を浮かべる。

 しかし、俺はそれに首を横に振って答える。


「いや、不死ではない。殺されればちゃんと死ぬさ。だが……寿命による死というのは遠ざかるだろうな。どの程度遠ざかるかは、あんたの魂がどれだけ欠けているかにもよるが……最低でも通常の寿命の倍以上は生きるようになるだろう。それでもこの治療法を行っても構わないか?」


 寿命が長くなり、若いままでいられるようになる。

 そう言われればメリットしかないように思われるこの方法だが、昔から普人族ヒューマンはそういった魔術による寿命の伸長を求める方法をこう言って嫌って来た。

 《不死化イモータライズ》、と。


「……私に、不死の化け物アンデッドになれ、と……?」


 つまりは、そういうことだ。

 ジールが消え入りそうな声でそう言った。

 声に力がないのは、その情報に対する驚きと、その選択をしなければならない状況、それに加えて、即答で拒否しなかった自分に対する葛藤、というところだろうか。

 神聖騎士にとってアンデッドというのは仇敵といっていい存在だ。

 それに自分が変われ、と言われて中々、うんとは言えないだろうな。

 少し同情する。

 だから俺はジールに言った。


「強制はしないさ。それに、完全な不死とは違う。そこまで重く考えることでもない。ただ、悩む時間はもうほとんどないぞ。どうする?」


 どうしてもいやだと言うのなら、仕方がないからな。

 残念だが、本人の意思は尊重しなければならないだろう。

 死に際の求めは、他の何より優先する。

 それが死霊術師としての、俺の誇りでもある……というのは言い過ぎかな。

 さて、どうするのか。

 そう思いつつ、俺は少し黙った。

 どれくらい悩んでいただろう。

 しかし、それほど長くなかったのはもちろんだ。

 ジールの命はもう、間もない。

 だが、ジールにとっては永遠にも等しい長い時間だったのではないだろうか。

 そんな彼が最後に出した答えは……。


「……お願い、します。私は、こんなところで、死ぬわけには、いかない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る