第212話 助太刀
「……これが結界だな」
しばらく二人で走ると、明らかに何もない空間なのに、妙な圧力というか、断絶感のある空間が目の前にあった。
普通の人間や魔物なら気付かない違和感だろう。
と言っても、そのまま進んでぶつかる、ということにはならないと思われた。
結界からは認識阻害の魔術に近い、人や動物が本能的に忌避感を感じる魔力波が放出されているからだ。
この結界に気づかなかった人間や動物は、この結界に触れる前に自ら違う道を進もうとすることになる。
こういった結界は精霊の他、エルフなども多用するが、ただこの結界は一般的なものに比べてかなり強力なものだ。
おそらくは、大精霊の力も込められているな、と感じる。
ほとんど俗世とは関わらない大精霊だが、場合によっては姿を表すこともある。
伝説で語られるような英雄に武具や力を与えたりする場合などだ。
他にも、こういった結界を張る、などといった事務的なことに出張ることもあるのだろう。
「そう簡単に破れそうになさそうだが……本当に通れるのか?」
カーがそう尋ねたので、俺は頷き、
「普通なら簡単なことじゃあないが……こういうのは鍵開けのようなものでな。俺たち死霊術師にとっては比較的簡単な技術なのさ」
手を伸ばして結界に触れる。
通常であれば結界に直接触れると、弾き飛ばされたり、場合によっては何かしらの反撃……電撃が走ったり、そこから燃え出したり、などということがありうる。
この結界に触れた感じからして、電撃系の反撃魔術が付与されていることが理解できる。
ただ、結界の仕組みからして、この結界を通る資格のない者に対し、そのような反撃を行うように構成されていることも理解したので、俺は触れると同時にまず俺自身と、それにカーにこの結界を通る資格があると誤認させることにした。
本来はこの森に住う精霊たち……つまりは森精霊やその加護を得たもの、動植物や虫などを通す資格ありと見るようなので、俺とカーの魔力を精霊のもの……具体的にはオルキスのそれと誤認するようにしたのだ。
他にもやり方はあるのだが、大体が結界それ自体の破壊を前提としたものなので、最も穏便な方法がこれだった。
作業時間は三十秒ほどで、
「……よし、通れるぞ」
と俺が言うと、カーは驚いた顔で、
「何!? まだ一分も経っていないのだが……」
と言った。
「丁寧にやったから少し時間がかかったな。壊してもいいなら数秒もかからないんだが、後で修復するにしたって、大元は残っていた方が楽なはずだからな」
力技が一番簡単で早いのは当然の話だが、今回はそのやり方は取らなかった、という話だ。
カーは呆れたように、
「お前のような魔術師が敵方にいたらと思うとゾッとずるな……」
と言う。
「俺とお前は友達なんだから心配することはないさ。さぁ、行くぞ」
俺がそう言ってから、手本を見せるようにスッと結界を抜けて見せると、カーも恐る恐るといった様子でそれに続いた。
指先でまず、結界に触れ、そして思い切ったように指をずぷりと結界の内部へと通す。
そこで一旦指を戻して、指先がなくなっているとか燃え尽きているとかそういうわけではないことを確認すると、問題ないと体で理解できたからか、今度は思い切りよく結界に体全体で、進み、抜けた。
「……ふむ。本当に問題ないようだ」
「だから言ったろ? おっ……希薄だった精霊や邪精霊たちの気配が強まったな。やはり結界のせいで阻害されていたか……俺も修行が足りないな……」
結界の外側の精霊や邪精霊の位置については十分に感じ取れていたが、やはり結界内部のそれらの位置についてはいまいちぼんやりとしたものだった。
それが結界の中に入った途端、鮮明になったのだ。
「修行が足らないというが、流石に結界で防がれていたのでは仕方があるまい。俺だとて、建物の中にいる者の人数を正確に感じ取れ、と言われても難しいぞ。平原にいるのなら別だがな」
「だが、俺の師匠方は結界があろうがなかろうが関係ない人たちだったからな。言ったろ? 結界術は死霊術にかなり近しい魔術なんだ。極めれば誰が張ったものであっても支配できる。俺にはそこまでのことは出来ないが、俺の師匠方にはそれが出来た」
「お前の師匠たちというのは魔王か何かなのか? そんな魔術師がいては、どんな相手であっても勝つことなど不可能ではないのか……?」
「それが意外とそうでもなくてな。二人とも……多分死んだよ。人間にやられてな」
そう、彼らは勇者たちに討ち滅ぼされたはずだ。
勇者たちは強かった。
およそ、人間だとはまるで思えないほどに。
俺の言葉に何かを感じ取ったらしいカーは、
「……そうか。まぁ、どんな戦士であろうと、いつ死ぬかは選べんものだったな」
と慰めか感傷かわからないことを言って歩き出す。
俺がある程度割り切っていることを理解して、あまりウェットな言い方をしても仕方ないと思っての言葉だっただろう。
俺はその気遣いに心の中で感謝しつつ、彼に続いた。
*****
ファジュル大森林結界内部。
そのあらゆるところで、森精霊と邪精霊との戦いは続いていた。
森精霊とは、森を育む精霊の総称であり、実際はその内部で細かな種類がある。
例えば、樹木の成長を司る樹精霊や、泉や川などの水源を調整する水精霊などである。
普段であれば彼らは自らの役割に応じて、森の様々なところに散っているのだが、今日は違った。
水精霊のフーと、樹木精霊のヤーセニもまたそうで、ファジュル大森林に存在する小さな川と、トネリコの樹木が彼女たちの領域なのだが、今は結界ないで邪精霊と終わりの見えない戦いを繰り広げていた。
二体の精霊に対し、邪精霊は三体。
ただでさえ力を増している邪精霊は一体でも通常の精霊より力が強く、三体もいれば即座に倒されても仕方がないほどの戦力差といってもいい。
けれど、フーとヤーセニはファジュル大森林の精霊の中でも比較的力が強い方で、なんとか拮抗していた。
『フー、どれくらい持つ!?』
『……流石にそろそろ限界が近いね……外から来る邪精霊の数が減ればなんとか出来るかなと思ってはいたんだけど、一向に減らない……』
『そうよね……私もよ』
こんな会話をしながらも、二体はすでにここに至るまで、三体ほどの邪精霊を倒してはいた。
しかし、次から次へと援軍のように邪精霊が現れて、振り出しに戻ってしまう。
そんなことを繰り返していて、限界に近づいていたのだ。
『あっ、やばっ……』
そしてついに、集中力が途切れたところ、フーが回避行動をミスして、邪精霊の漆黒の腕の先から、黒い力に染まった水の槍が放たれた。
━━ここで終わりか。
フーがそう思った瞬間、なんと目の前でその水の槍は何者かによって弾かれ、消滅した。
『何? もしかして援軍……?』
結界外での戦いにある程度決着がつき、外から精霊が戻ってきたのか、と思った。
しかし、違ったと知れたのは、その何者かが振り返ったその時だった。
「……どうやら無事のようだな。助太刀させていただく」
そう言ったのは精霊などではなく、どう見ても、豚鬼だった。
しかも、ちょっと普通の豚鬼よりふさふさとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます