第218話 戦いの後

「アインー!」


 遠くから俺を呼ぶ声がしたのでそちらを振り向くと、そこにはネージュがいた。

 後ろには数体の精霊を連れている……と言うか、ネージュに怯えながらついて来ている感じだ。 

 

「あぁ、ネージュ。来たのか。その様子だと、結界は無事に抜けられたようだな」


「うん。壊さないと入れないかなぁって思ってたけど、すんなり入れたの。アインのお陰?」


「そういうことになるな。俺とカー、それにネージュも後で来るだろうと思って通れるようにしておいた」


 じゃないとぶっ壊してでも来そうだからな、とは言わないでおいた。

 それができる力を、彼女は持っている。 


『あの、そちらの方は、浮遊島にいた少女、ですよね……?』


 ロサがそう尋ねてくる。

 ロサを最初に発見し、会話したのはネージュであり、覚えていないわけがない。

 ただ、なぜ彼女がここにいるのか、と言うことについては今一理由を理解できていないようだ。

 ネージュも俺の仲間だ、とは一応言ったのだが、戦力だ、と言う意味だとは思っていなかったのだろう。

 俺はロサに答える。


「そうだ、この娘はネージュ。結界の外で邪精霊への対応を頼んでた。こうやって精霊と一緒にやって来たってことは、もう結界の外の邪精霊は大丈夫ってことでいいな?」


 俺が尋ねると、ネージュはうなずいて、


「うん。大体食べたの。全部じゃないし、逃げた奴もいるけど、それは精霊たちが追いかけたり残党狩りしてるの。流石にこの広い森の中、隠れた邪精霊を全部見つけるのは大変だと思うから、全滅させるのは難しいと思うけど、森精霊がやられるほどの数まで増えることはもうないと思うの」


 しっかりと考えて対応してくれたようだ、ということがそれで分かる。

 口調や雰囲気でだいぶ幼く見えるネージュだが、内実は百歳越えの竜だ。

 それに見合った思慮深さも当然持ち合わせている。

 たまに常識知らずの部分が出るだけで、基本的には有能なのだった。


『あれほどいた邪精霊をほとんど倒してしまうとは……あなたたち、本当なのですか?』


 ロサが、ネージュの後ろにいた精霊たちにそう尋ねる。

 精霊たちは、口々に言う。


『本当です……あれはもう、一方的な蹂躙でした。いずれの邪精霊も一瞬で凍りつかされて……』


『そうです、それにそれだけではなく、凍りついた邪精霊たちは、その少女の腹の中に収まっております。とても人間とは……』


 まさしく人間ではないのだが、精霊たちにもネージュの正体はわからないらしい。

 ネージュも最近、俺がいろいろ教えているから、自らの存在を隠す方法を色々と学びつつあるのだ。

 だからこそ、ロサの目をしても、彼女の正体を看破することは出来ていないわけだ。

 本来、真竜ほどの存在があえて自分の正体を隠すことは種族的に珍しいことなのだが、ネージュは俺たちと一緒に行動する中で、人間社会で活動するにはそれが必要なことだと学んだ。

 普段、俺が近くにいる時は彼女に隠蔽系の魔術を俺がかけてやればいいが、それだと彼女一人で街に行くことが難しくなる。

 出来なくはないのだが、街中に彼女の力を肌で理解できるような者がいれば、その場で卒倒することもありうるからだ。

 だからこそ、そう言う対策のために、それなりに隠蔽系を身につけているわけだ。

 ただ、精霊たちにまであえて正体を隠さなければいけないとまでは考えていないようで、


「私は雪竜なの。だから人間ではないの〜」


 と何の気なしに答えるネージュだった。

 それを聞いたロサは、


『し、真竜……原初の生命、単体にして頂点、神へと到る資格を生まれながらに持つと言われる……あの、ですか……?』


「そうなの。だから精霊も普通に見えるの。びっくりした?」


『それは……もちろんです。てっきり、子供だから私たちが見えているものかと思ってたくらいで……しかし、そういうことなら、邪精霊を歯牙にもかけなかったことにも納得がいきます。あなた達も、この方に無理についていなくてもいいわ。真竜というのは、精霊にいたずらに害を及ぼすような存在ではないから』


 言われて、ネージュの後ろにいた精霊達は、


『はっ。では、私たちはファジュル大森林の見回りに行って参ります』


 そう言ってその場から去っていった。

 あれだけの戦いの後に、即座にそんな仕事に戻るとはすごいものだ、と思うが、精霊達は肉体を持たないが故に、一般的な意味での疲労がない。

 それに、彼女達の仕事、自然の維持・増進は、休みのない仕事なのだ。

 それが故に、人間のようには疲れない。

 もちろん、それでも何かしらの疲れを感じる時はあるらしいが、俺たち人間のそれとは少しずれている。

 戦いの後にでも普通に仕事に戻っていくくらいには。

 

 しかし、真竜は精霊に害を及ぼすような存在ではない、か。

 実際にはそうとも言い切れない。

 少なくとも、昔には真竜の中にも邪竜と呼ぶべき者はいて、そういう者達は精霊を蹴散らすことも普通にあったからな。

 その時代を知らない、ということで、やはりロサはこれで若い精霊なのだろう。

 

「さて、あとは……お、来たな」


「アイン! 無事か」


 ネージュに続いて、カーもやってくる。

 彼もまた、精霊を二体、引き連れていた。

 ネージュが連れて来た精霊達とは異なり、なんとなくだがカーに対して好意的な視線を向けているように見える。

 

「カー。そっちも無事だったみたいだな。結界内の邪精霊、ほとんど倒してくれたんだろう?」


「あぁ、目に付くのはな。それにこちらの二体の精霊達が手伝ってくれた。俺には邪精霊の気配はよくわからんから、助かったぞ」


『いや、そんなことはないよ。あんたほどの戦士がいたからできたことだ』


『そうよ、誇っていいわ。豚鬼に対するイメージも大きく変わったくらいだもの』


 カーの横にいた、水精霊と樹精霊が口々にそう言った。

 ロサはカーのことも覚えていたようで、


『あなたも、あの浮遊島にいた豚鬼オークですね? しかし、こうして改めて近くで見ますと、ファジュル大森林の豚鬼とは大きく異なりますね……』


「そうなのか? 俺は田舎者でな。故郷から出たことがほとんどないのだ。参考までに、この森の豚鬼がどんなものか教えてくれないか?」

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