第181話 立場の話

「……っ!?」


 目を見開くと、見覚えのある天井がそこにはあった。

 それでもまだ、落ち着かないような気分が残っていたが、深呼吸をするに従って徐々に落ち着いていく。

 そして、自分がどんな状況にあったのかを理解する。


「……夢、か」


「珍しいくらいにうなされてたぜ、あんた。一体何を見た?」


 独り言を口にすると同時に横合いからいきなりそう声をかけられる。

 声の主はもちろん、リュヌである。


「昔の夢さ。こんな平和な村で見るようなものではなかった」


 俺がそう言うと、リュヌもそういった記憶に覚えがあるようで、


「……あんたもそんなものを見るのか。意外だな」


 そう言った。


「俺のことを温室培養のおぼっちゃまだと思っていたか?」


「いや……そんなことはない。ただ……論理的に考えて、あんたにそんな記憶があるはずはないと思ってた。あんなことをいくら調べても、この村で平穏に生まれて、生きてきた記憶しかないんだからな……。一体どういうことなのか、未だに頭を抱えているよ」


「ほう、俺のことを調べていたか……。それは、お前の習性か?」


「そうさ。どんな相手でも、出自や育ちを調べないと落ち着かねぇ。それが俺ら暗殺者ってもんだ。だから調べたんだが……それでもあんたには納得できるところが一つもねぇ。こんな村で、田舎貴族の息子として生まれて、あんたみたいに育つはずがねぇんだ。それなのによ……」


「ふふ……まぁ、そうだろうな。だがそこまで分かっただけ、お前は優秀だよ。普通なら、現実の方を自分の想像より先に置くからな。つまり、お前が今感じている、勘、それを無視してものを考えるだろう……つまりは、俺が死霊術師、魔術師等という話は戯れ言であり、気が狂ったに過ぎず、本性はただの田舎貴族の息子で、たまたま特殊な力をある程度扱えるに過ぎない。そんな風にな」


 暗殺者等という特殊な育て方をされた人間は、俺のような滅多にないイレギュラーに極端に弱い。

 現実をこそ優先し、想像や予想はかなり後ろの方に置かれることになるだろう。

 しかし、リュヌはそうではないようだ。

 勘をこそ重要視し、それが正しいと本能的に察知している……。

 一流の暗殺者とは、こういうものなのかもしれないな。

 そう思う。


「俺だってそう思えれば気楽なんだがな……。その感覚であんたを殺しにかかれば、俺は死ぬ、と本能が言ってるんだよ……まぁ、別にあんたを殺す事なんてないんだが、悪いな。人を見るときは殺せるか殺せないかで見ちまう」


「構わんさ。それこそがお前の本質、魂にまで刻まれた性質なのだからな。俺もお前のことを、どのような死霊なのかで見ている。似たようなものだろう?」


「へっ。確かにな……」


 リュヌは納得した世に頷く。

 それから、


「今日はこれからポルトファルゼに向かうって事で良いか?」


 と、今日の予定を尋ねてきた。

 俺は頷く。


「あぁ。ネージュの雪晶についても話はまとまったからな。問題はボリスが契約してくれるかどうかだが……契約担当よ、しっかり頑張ってくれよ」


「あんた……俺をそんなものに本気で任命しているのか」


「勿論だろう。ネージュじゃ話にならないし、俺にしたって五歳だぞ。まぁ……十五を超えれば契約の主体としてある程度の権利は持つことになるだろうが、五歳では逆立ちしたって難しい。その点、お前についてはその体を使って年齢などいくらでも誤魔化せる」


「……思ったんだが、死霊術によって俺の体を二十歳くらいに変化させることが出来るんだ。あんただって似たようなことは出来るんじゃないのか?」


 リュヌが鋭いことを聞いてきたので、俺は慎重に答える。


「お前の身体変化は、あくまでもお前の体が死霊魔術の触媒として機能するよう最適化されたものだからだ。俺の体は紛うことなき、普人族ヒューマンから生まれた、普人族の体だからな。どれだけ魔術をかけようが、お前のようには・・・・・・・変化できるわけじゃない」


 色々と含みを持たせた言い方だった。

 ただ、リュヌに察知されるような話ではない。

 リュヌの死霊魔術に関する理解は、未だ浅い。

 俺の本当に言いたいことを彼は分からなかったようで、確かに、と頷いてから言った。


「俺の体は本当に自由に動かせるが……あくまで魔物の身体や骨を素材にした、特殊なものだから、ってわけか……。どんな魔術でも限界が存在するのってのはよく言われるしな。死霊魔術でも万能ではないって事か……」


 そんなことを。

 決して間違いを言っているわけではないが、リュヌは例外という重要なものを除外している。

 もちろん、それは俺がまだ教えていないからだが……今訂正する必要はないだろう。

 色々と面倒くさくなるからな。

 彼に交渉役を押しつけるにあたって。

 だから俺はリュヌに言った。


「ま、そういうことだ……だからお前しかボリスと交渉できないのさ。ただ、今回の交渉はかなり簡単だろう。ボリスの商会はどうしても雪晶を欲しがってる。本来、多少つり上げても乗ってくるほどの価値があるものだ」


「だが、それでも断る場合が商人にはある」


「分かってる。けれどそれはあくまで、値段を吊り下げたりなどの優位な条件を引き出したい場合だ。そしてそれが通じるのは、他に販路がある場合に限られる。雪晶については、完全な俺たちの専売品になる。他から仕入れることは、決して出来ない。そうなれば、少しくらい不利な取引であっても、ボリスは受け要らざるを得ない。元々、雪晶で大きくなった商会であるからなおさらに、な」


「それでも断ってきたら?」


 確かに絶対にないとは言えない可能性だが……。


「そのときは素直に他の商会に持ち込めば良いさ。どこでも欲しがる品であることは確認しているんだ。そういう意味で、俺たちの今回の立場は絶対に強い……だが、契約するに当たって、高圧的に出たり、極端に俺たちに優位な取引をするのはやめておけよ」


「……ま、そうだろうな。追い詰められた奴は何をするのかわかったもんじゃねぇ。お互いに適度に儲けられる関係を続けられるような値段設定や条件に、ってことでいいな?」


「まさにだ。末永いお付き合いを演出することだ……それによって、俺たちの関係は強固になる。お互いの意思では離れられないような、深く、強い関係にな……」

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