第175話 ゴブリンの進化

「……これで、出来ることは終わった……」


 俺はウヌア君の魂が確かに強度を増したことを確認すし、魔力の放出を止めてそう言った。

 リュヌはこれに、


「……何が変わったようには見えねぇんだが……」


 と言いかけたが、次の瞬間、ウヌア君がゆっくりと目を開いた。

 一応、俺もリュヌも警戒して身構える。

 何せ、あれだけ酷いことをしたのだから、いくらほぼ野生動物のような感覚しか持たないとはいえ、恨まれるかな、という可能性も考えた。

 しかし……。


「……落ち着いてるな」


 リュヌが壁に貼り付けられているウヌア君の様子を見ながらそう言った。


「確かにな……特に暴れる様子も見えん……。拘束を解くか」


 もちろん、危険がないことが確認されたわけではないが、いざとなれば俺とリュヌならなんとでも出来る。

 多少、力が上昇しただろうとは言っても、ウヌア君は所詮、ゴブリンに過ぎないのだから

 まぁ、昔はゴブリンでもとてつもなく強い奴とかいたんだけどな……。

 特に武術関係については神がかった腕の奴がたまにいた。

 魔術についてもかなりのレベルまで修める者はいた。

 本当に魔術の得意な死賢者リッチみたいなのと比べると一段、二段落ちるかなという感じではあったが、それでも一流と言えるレベルではあった。

 そこまで来ると、流石に進化を何度かしている、というのが普通だったけどな。

 ただ、武術関係についてはさほどの進化のないゴブリンでも強いこともあったから、油断は出来ない魔物である。

 とはいえ、それもこれも十分な研鑽を経た上でのことで、生まれつき恐ろしく強い、みたなことはない種でもある。

 努力をどこまでも重ねて果てしなく強くなっていくタイプなのだな……そういうところが人間によく似ている。

 俺が親近感を覚えるのはそういうところだ。

 俺の場合、魔族だったが、才能的にはほぼ人間と同列、みたいな特殊な才能のなさだったから……。


「……ぐがっ」


 そんなことを考えつつ、ウヌア君の拘束を解く。

 しかしやはり、その瞬間牙を剥いて襲いかかってくる、などということはなく、やはり落ち着いていた。

 むしろ、その瞳には何か物欲しげな色すら感じる……なんだ?

 何を求めている……。

 と考え込んだところで、リュヌが言った。


「……干し肉じゃないか? 効果がまずそうな薬を試した後は、いつもより豪華なのやってただろう? 今回は度を超してキツい実験だったわけだし、凄く美味しいものをもらえるって期待してんじゃねぇか?」


 確かに、ウヌア君達を実験体として扱う場合には、その実験のキツさに従って与える干し肉の質を変えていた。

 その方が反抗しないで協力してくれるかな、という考えからであり、実際に彼らは色々と厳しい実験にも耐えてくれた。

 そのやり方から言えば、確かに今回のは群を抜いたキツさであったことだし……。


「よし、特別に豪華なのをやるか……こいつでどうだ?」


 俺は懐から干し肉を取り出す。

 いつもゴブリンや魔物の餌付け用に使っている、その辺の野鳥で作ったものではなく、ついこの間見つけた風牛ヴェント・ボーヴォと呼ばれる珍しい牛から作ったものである。

 これは俺であっても中々、狩ることが出来ないものだ。

 その理由は、そもそも風の魔術を操ることが出来る魔物であり、それが故、通常空を飛んでいるためだ。

 空を飛べるために活動範囲は一般的な牛の何百倍も広く、中々見つけることが出来ない。

 俺もたまたま野鳥を狩るために空を見ていたら、飛んでいるのを見つけただけだ。

 もう見つけた瞬間には魔術を撃ち込んで撃ち落としていた。

 あいつを狩るためには考えていては駄目だ。

 見つけた瞬間にやらないと、危険なのだ。

 外せばとんでもない勢いで突っ込んでくる上に、結構強い。

 飛竜くらいなら単騎で倒すほどだ。

 だから、今のところ村でも街でもあれの肉を見かけたことはない。

 あるのかどうか、もしくは売ればいくらくらいになるのか誰かに聞きたいとは思っているのだが、不用意に聞いて変に思われるのが怖くてまだ誰にも聞けていない。

 しかし、絶対に高いはずだ。

 何せ、風牛の肉はとにかく美味い。

 脂がのっているのにさっぱりとしていて、いくらでも食べられる。

 干し肉にすれば旨味が凝縮されて、干し肉であっても毎日これでいいと思ってしまうくらいにだ。

 今回のウヌア君への褒美にこれほど相応しいものはないだろう。

 勿論のことだが、風牛はしっかりと解体した後、普通にステーキにして食べてもいる。

 残念ながら両親に渡すわけにはいかないので、俺とリュヌだけで食べた。

 残りは半分干し肉に、もう半分は生のまま、保存してある。

 魔術のお陰で解体直後の鮮度を保ったままだ。

 それなのになぜ干し肉にしたか、といえばそれはそれで美味いから……というのもあるが、そのうち誰かに譲ることもあるかもしれず、しかしその際に生肉を今解体しました、という感じで渡すのもおかしいからな。

 言い訳が利くようにしておいた、というわけだ。

 そんな肉を俺が取り出したのを見て、リュヌは、


「それをゴブリンにやるのか! ……勿体ねぇ……が、ウヌアも頑張ったしな……。まぁ、仕方ねぇか。だが、他のゴブリンにも同じことをするんだろ? 在庫は残ってるのか?」


 残っている実験体出身ゴブリン四匹と、野生のもの三十匹を見ながらリュヌはそう言ったので俺は答える。


「こっちの四匹にはやるが、あっちについては鎮痛をかけるか意識を失わせてから進化させるつもりだから、褒美は普通のでいいだろう」


「そりゃまたなんで?」


「これだけの人数だし、こっちの四匹の方とウヌア君にはそのままリーダーになってもらうつもりだからだよ。苦痛に耐えた方が魂の格はより上がるからな。まぁ、僅かな差だが、ゴブリンくらいならそれでも上下がつく」


「そういうことか……まぁ、より強くなれるなら苦痛にも耐えるって奴は人間には一杯いるが、何も分からんゴブリンにそれをやるのは可哀想になってくるぜ……」


「何も分からんうちに終わらせておいた方がいいだろう。知ってしまえば逃げ出したくなる」


「相変わらずヤベェ考え方すな……あんたって奴は」


「それこそが死霊術師だ。おっと、それよりウヌア君、しばらくこれを食べてここで見物していなさい」


 そう言って干し肉を渡すと、ウヌア君は恭しくそれを受けており、口に運んだ。

 心なしか、今までの時よりも行儀がいいように見える。

 そして、一口かみ切ったところで、瞳に幸福感から来るのだろう輝きが現れたのを見て、反抗心はなさそうだと確認し、俺は改めて残りのゴブリン達の進化促進作業に移った……。 それからのことはさっきの繰り返しだ。

 実験体出身の四匹は苦しみながら魂の格を上げ、幸せそうに干し肉を食した。

 その後は、俺からの指示を待つようにその場に待機し始めた。

 実験体だったときはそうするようにしつけていたので、それを思い出したのだろう。

 前はそうしていても三度に一度は逃げだそうとしていたが、やはり力が上昇して知能も上昇したと思われる。

 また、残りの三十匹は昏倒させ、そのままの状態で魂の強度を上げたがゆえ、呻くくらいで終わり、起き上がったときにはその瞳から俺たちに対する血走った色は抜けていた。

 ただ、怪訝そうな顔をしていたので、野鳥から作った干し肉をやると、喜んで食べた。

 その上で、リーダー格予定の五匹が俺とリュヌになんとなく従っているような雰囲気を感じたらしく、彼らの後ろに大人しく座り込んだ。

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