第149話 友

 雪豚鬼スノウ・オークの集落を門番していた雪豚鬼スノウ・オークの一人に連れられて進んでいく。

 前世において、豚鬼オークの知り合いはそれなりにいたし、その集落にも何度も行ったことはある。

 しかしその頃の豚鬼オークのそれとは少しばかり趣が異なるかな。

 当時は俺たち魔人が様々な種族に技術を提供していため、集落というよりも町くらいの規模で石造りの建物が連なっていることが多くなっていたからだ。

 けれど、ここにある建物はそういうものではなく、藁などの植物性の材料でで作られたテントのような家屋が大半である。

 また、雪豚鬼スノウ・オークたちが身につけている者も簡素なものが多いようだ。

 門番をしていた雪豚鬼スノウ・オークは流石に革鎧を身につけていたが、集落の中で生活している雪豚鬼スノウ・オークたちは貫頭衣のようなものを着ている者が多い。

 特に非戦闘員らしき女の雪豚鬼スノウ・オークや、子供の雪豚鬼スノウ・オークにそのような傾向が強いようだ。

 さらに子供のオークの中には腰布だけつけて後は素っ裸の剛の者もいる。

 ここでなければ別にそこまで不自然ではないというか、一般的な豚鬼オークが伝統的にしている格好なので問題はないのだが、ここは年中凍り付くような気温の雪山である。

 いかに彼らが本質的には魔物であると言っても、中々の厳しいのではないかと思ってしまう。

 しかし、そんな俺の考えを察したのか、歩きながら案内の雪豚鬼スノウ・オークが言う。


『……寒そうに見えるか?』


『ああ……ちょっと人である私には、この雪山では出来ない格好であると言わざるを得ない……』


『はっはっは。確かにそうだろうとも。それどころか平地の豚鬼オークにも真似はできんだろうさ。しかし、我らはただの豚鬼オークにあらず。雪竜スノウ・ドラゴン様に加護を受けし雪豚鬼スノウ・オークの一族。寒さに殺されることは決してないのだ……ほれ、見てみるがいい』


 そう言って雪豚鬼スノウ・オークが自らの腕を俺に差し出した。

 何だろうか、と思って見てみると、その腕には細かな毛がびっしりと生えている。

 通常の豚鬼オークにも生えていないわけではないが、もっと少ないというか、まばらというか、そんな感じだ。

 雪豚鬼スノウ・オークの体毛は毛足が長く、またぎゅっとしている。

 これによって寒さを防いでいる、というわけだろう。

 

『なるほど、元から防寒着を纏っているようなものなのか……』


『その通りだ。加えて、体質的に氷雪に対して強い耐性を持つ者が多い……かといって、平地の豚鬼オークに比べ、火や高温に弱いというわけでもない。この毛はそれらに対しても耐性を持つのだ』


『それは凄いな』


 これはお世辞ではなく本音だ。

 魔物の中で、何かしらのものに対して耐性を持つものは、その反対のものに対しては無力であることが少なくない。

 火属性の魔物は水や氷に弱いものだし、その反対もしかりだ。

 しかし、雪豚鬼スノウ・オークは必ずしもその公式には当てはまらないらしい。

 上位の魔物になればなるほどそういう傾向があるのは確かだが、雪豚鬼スノウ・オークという種族自体がそれなりに高位ということだろうか。

 ……まぁ、創造神となるような真竜の魔力に当て続けられてきたのだ。

 考えてみれば、ある程度高位の存在になっても納得か……。

 それにしても雪竜スノウ・ドラゴンのことを彼らは敬っているようだ。

 様付けだしな。

 加護を受けし、と言っているということは神のようなものとして捉えているということだろう。

 しかしそうなるとなぜネージュに喧嘩を売りに行くのか謎だが……。

 神に喧嘩を売るか? 普通。

 まぁ……それは族長に聞いてみればいいか。

 

『ところで、今更ながら名前をお聞きしても良いか?』


 雪豚鬼スノウ・オークにそう尋ねられたので俺は少し首を傾げる。

 

豚鬼オークは真名を戦いにおいて敗北した者以外には明かさないものではなかったか?』


 そういう掟がある、と昔、言葉を習った豚鬼オークに聞いた。

 これに雪豚鬼スノウ・オークは深く頷き、


『本当に我らの掟に詳しくていらっしゃるな……まさにその通りだ。しかし、名前を呼び合えぬでは不便であろう? 遙か昔、神代の時代は徹底していたようだが……今ではあだ名程度のものはどの豚鬼オークも使っている。貴方は人間であるから名前を呼ばれるのにも抵抗がないと思ってな。特に前置きなく尋ねたのだが……失礼だったか』


 なるほど、そういうことか。

 俺の知り合いの豚鬼オークはまさにその徹底していたタイプで、彼の名を知る者はほとんどいなかった。

 魔王陛下と、俺たち四天王くらいか。

 それ以外はそれこそ勝手に決めたあだ名で呼んでいたな。

 《血黒き甲冑の豚鬼》とか、《鏖殺包丁の角豚鬼》とか……物騒なあだ名ばっかりだ。

 俺は雪豚鬼スノウ・オークに首を横に振って答えた。


『いや。確かに私が学んだ豚鬼オークはそういう意味ではかなり古風な者だったようだが、私自身は人間だからな。名乗ることに問題はない。私の名前は……』


 何と名乗ろうか迷った。

 今世の名前で行くか、それとも本来の名前を名乗るか。

 人間相手なら今世のそれで確定なのだが、どうしても雪豚鬼スノウ・オークを見ていると昔のことを思い出してしまって、彼らに今の名前で呼ばれるのはなんとなく違和感があるんだよな……。

 しかし昔の名前を名乗ってそれが広まるのも問題か……?

 と、色々と考えてみたが、結局のところ、この山に住む雪豚鬼スノウ・オークには人間との交流は皆無なのだ。 

 彼らに名乗ったところで、変に広まる、ということもあるまい。

 それに……彼らの文化として真名は秘密にしてくれるわけだから……その辺りで責めてみればいいか、と思った。

 俺はそこまで考えて言う。


『……アインベルク・ツヴァインという。しかしこれはあなた方で言うところの、真名でな。出来ればアイン、と呼んで欲しい』


『……真名を。人間は特に気にしないとは聞くが……明かしてもいいのか? やはりなんとなく心配になるが……』


『広めたり公のところで呼んでくれなければそれで構わない』


『……承知した。では俺も名乗ろう。雪豚鬼スノウ・オーク、カルホン氏族のカーヌーンだ』


『カーヌーン……法を意味する古語だな。門番に相応しいが……それこそ、真名では?』


 そこまでしっかりした起源を持つ名前は、真名にこそつけるものだと思ったからこその質問だった。

 これにカーヌーンは頷き、


『真名を明かした者に対する礼儀だ……もちろん、人前では呼んでくれるな』


『では……そうだな、普段はカーと呼ぶことにしよう』


『俺の友は皆、そう呼ぶ。新しき人の友アインよ』


 どうやら雪豚鬼スノウ・オークに友達が出来たらしい。

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