第47話 正統流VS神聖剣

 先手を取ったのは予想通り、というべきか。

 やはりロザリーだった。

 正眼の構えから、馬鹿正直と言ってもいいくらいにまっすぐな打ち込みを初撃としたのである。

 何の衒いもない、ロザリーらしい攻撃だ。

 しかし、だからと言ってそれが防ぎやすいことを意味しないのがロザリーの恐ろしいところである。

 まず、その速度と威力は目を瞠るものがあった。

 当初から、お互いに《気》は使わない、という合意があったようでどちらにもその力の発現はないようだったが、一般的な剣士であれば《気》を使っている、と思ってしまうくらいに鋭い踏み込みだった。

 まさに並の騎士ではまるで受けることが出来ない、強力な攻撃だった。

 

 けれど、意外なことにジールの方もこれに全く負けてはいない。

 ロザリーのこれだけの気合いを見せられては、普通の剣士であれば何らかの動揺が体に、また剣先にと現れてくるものだ。

 この一撃は受けられない、とか受けても次の攻撃でやられてしまうかもしれない、という意識が剣を鈍らせるからだ。

 にもかかわらず、ジールは微動だにしなかった。

 ロザリーであれば、それくらいの攻撃はしてくるだろう。

 それくらいでなければ面白くない。

 そう言いたげなほど、不遜な体制である。

 ただ、ジールの守りには主張はない。

 美しい構えだ。

 基本に忠実であり、また攻撃を受けきった後に対する色気のようなもの感じられない。

 中途半端なところのない、まさに守り、とはこのことかという構えであった。


 実際、ロザリーの剣が振り下ろされたとき、ジールの盾は流れるようにその剣の進行方向に差し出され、そしてさらりと力の向きを受け流してロザリーの攻撃を地面へと落とさせた。

 さらに、そのまま剣が地につけば反撃が遅れることを察したロザリーが剣を思い切り引き、今度は突きへと攻撃を移したが、それもまた、ジールの盾によって弾かれる。

 弾かれたそのまま、ロザリーはその勢いを利用し、反対から横薙ぎの斬撃を叩き込もうとするも、ジールはそれすらも予測していたようで斬撃を上にずらし、自らは少し上体を逸らして避けた。

 そこから二人は一旦しきりなおすように距離を取った。


 この一瞬のやりとりで、お互いの力量を感じ取ったのだろう。

 ロザリーが言う。


「神聖剣は、守りの剣か。よく言われていることだが、実際に味わってみると違うな」


「そうですか? 戦場で戦ったこともあったとおっしゃっていたではないですか」


「そうなのだが……貴殿の神聖剣はまた、一味違う気がする。私が戦ったことのある騎士たちも強かったが、彼らの剣術の中には濁りのようなものがあったような気がしたのだ。貴殿のそれにはそういうものが感じられない。むき出しの技、のように思える」


「……中々お目が高いですね。しかしそれを言うのなら、貴方も凄い。失礼ながら……ハイドフェルドの鬼姫ロザリーと言えば戦場で誰もが会いたくないと言うほどの剣士。とは言え、所詮は貴族のお嬢様だと舐めていたところがありました。今はそんなことを思っていた過去の自分を叱ってやりたい気分です。確かに鬼姫は鬼姫であると」


 ……ロザリー。

 そんな異名がついていたのか。

 昔の俺とどっこいどっこいだな。

 《冒神の死霊術師》……《ハイドフェルドの鬼姫》……うーん、どっちもどっちかな。

 邪悪さは俺の方が上かも知れないが、強そうなのはロザリーの方と言ったところか。


「そこまでのものでもないと思うが……おほめの言葉と受け取っておこう。もう一合、いいかな?」


 ロザリーが再度、剣を構える手に力を入れる。

 ジールは頷き、


「今度はこちらからも参りましょう……!!」


 そう言って盾を構える手とそして剣を握る手にも力を入れた。

 次の瞬間、二人は同時に地面を蹴る。

 先ほどは止まったまま、守りに徹していたジールだが、今度は攻撃もしようということだろう。

 ロザリーはこれをどう扱うのか。

 受けるのか、それとも……。


 最初に命中したのは、やはり、ロザリーの剣だ。

 とは言え、もちろんジール本人に、というわけではなく、その盾にである。

 受け流されはしなかったが、しっかりと弾かれたのだ。

 しかし、それで止まるロザリーではなく、猛攻、と言っていいほどの剣の打ち込みを繰り返す。

 ジールはそれをすべて受け、そしてその合間にロザリーに差し込むように剣を振るった。

 この剣は、俺から見てもかなりいやらしいタイミングと狙い所で刺し込まれていて、こんな剣士と戦うのはストレスがたまるだろうな、と思ってしまう。

 ミスの少ない、実直な剣なのだ。

 つまりそれは、ロザリーが少しでも間違えればジールの攻撃が命中してしまうと言うことである。

 ただ、ジールの側から見れば、ロザリーのような剣士はやはり嫌であろう。

 彼は守りの剣、盾で敵の攻撃に辛抱強く耐え、そして隙を狙って徐々にその力を削っていく、そういうタイプの剣士だ。

 その戦略の中には、どんな攻撃も受けることで相手の戦意を削っていく、という戦略もある。

 しかし、ロザリーにそれは通用しない。

 いくら受けられようとも、いくら流されようとも、その攻撃に籠もる気合は少しも減衰しないのだ。

 あんなものにさらされ続けると、まるで絶え間ない矢の雨に降られているような気持ちになるだろう。

 普通なら、耐えることなどできない。

 けれどジールは耐えているのだ。

 それだけで、彼が相当な実力を持つ剣士であることが分かる。

 

 惜しむらくは、この模擬戦を見ているのが俺とジャンヌだけであることだろう。

 ケルドルン侯爵も見たら面白かっただろうに、と思うが、こればっかりは仕方がない。

 あとで話したら残念がりそうだが、可能な限り細かく覚えてあとで話してあげることにしようと思った。


「……あっ。そろそろ、決着が決まるのではありませんか?」


 ジャンヌがそう言った。

 見れば、ロザリーとジールは再度、距離をとり、そして獰猛な表情でお互いを見ていた。

 ただの模擬戦のはずなのだが、まるで戦場で出遭った好敵手同士のような空気が流れている。

 恐ろしい。

 

「……これで最後というところか。子供たちに見せてやらねばなるまい。正統流の強さというものを!」


「神聖剣がどれだけのものを守れるか。それを教えたいのは私も同様。譲りませんよ!」



 二人がそう言った瞬間、地面を踏み切り、そして交錯した。

 最後の一撃はあまりにも早く、《気》を使っていないのにも関わらずとてつもない音が響いた。


 そして、交錯した二人が同時に地面に膝をつく。

 

「……引き分け、か」


「まさしくそのようですね……」


 ロザリーの腕に、痣が出来ているのが見えた。

 また、ジールの腕にもだ。

 つまり、これが実戦ならお互いに腕を飛ばした、ということになるだろう。

 お互いに片手でも戦えはするだろうが、そこまでの極限状況の争いをする場でもない。

 ここは、引き分け、ということだろう。


「……お二人とも、凄かったですわ……!!」


 ジャンヌが興奮してそう呟き、それをロザリーとジールが見て、目的を達したからだろう、満足そうに微笑んだのだった。

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