第9話 建設的な話し合いは大切です

 謎の女の子の正体を考えると、よく見たらあの服、大きな花びらでできていて、身体にしっかりくっついている。

 それに、足の先が地面の中に埋まっている。

 あれは多分、人間じゃない。

 植物の魔物だ。

 僕が神に話した魔物の中にも、アルラウネとかドリアードといった女性の姿の魔物がいる。


 ヤバイ。


 あの女性の魔物がどれだけ強いかわからないけれど、スライムより弱いなんてことは絶対にないと思う。

 彼女と戦うことになったら僕が負ける可能性は高い。

 そして、魔物との戦いで負けは二つしかない。

 逃げ切るか、死ぬかだ。


 死ぬ。


 嫌だ。

 僕は一歩後ろに下がる。

 逃げる。

 そして、ここには近付かない。

 そう思い、一歩後ろに下がったところで、


「うわっ!」


 僕は思わず声を上げてしまっていた。

 足下にいつの間にかピンク色のスライムが絡みついていて、後ろにこけてしまった。

 女性の魔物に気を取られて足下の確認をできていなかった。

 大声を上げてしまっていた。

 気付かれた。

 そう思って視線を戻すと、さっきまでいたはずの少女の姿がない。

 地面の下に潜ったのか?

 わからないが、僕は一目散に逃げ出した。

 地面の下にいるのなら、どこから現れるかわからない。

 僕はひたすら逃げ、一番近い出口に飛び込んだ。


「おかえりなさい、セージ様」


 この時のゼロの声は、いままでの彼の声の中で、一番僕を安心させてくれた。


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


「その特徴はアルラウネですね」


 僕から話を聞いたゼロが、推測ではなく確信したようにいう。

 どうやら彼はダンジョンに出る魔物をすべて知っているらしい。


「やっぱりアルラウネか。でも、なんでアルラウネが一階層にいるんだ? スライムしかいないんだよな? 隠しキャラ的な魔物なのか? 特定の条件で出現するとか」

「いえ、以前申したように、一階層にいる魔物はスライムだけのはずです」

「なら、別の階層から移動してきたとか?」

「魔物にはランクがあり、強い魔物は浅い階層に移動できないんです。スライムが二階層や三階層に移動することはできても、逆に二階層にいるゴブリンが一階層に移動できないように、アルラウネが一階層に移動することはできません。アルラウネが出てくるのは七階層ですから」


 七階層の魔物が一階層に現れたのか。

 はじまりの街の周辺で魔物退治していたら、いきなりレベル10相当の魔物が現れたって感じか。


「まぁ、無事に逃げ切れたからあそこには近づかなければいいだけか」


 結構距離が近かったのに追いつかれなかったから、追いかける速度はそれほど速くないのだろう。


「セージ様。これがアルラウネが育てていたという花ですか?」

「え?」


 僕の靴の間に、花びらが一枚挟まっていた。

 ピンク色の花びらだ。

 ゼロはそれを摘まむと、純白のハンカチで畳むように包んだ。

 

「暫く時間をいただけませんか? 私の方で調べさせていただきます」

「うん、じゃあお願いするよ」


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


 ゼロに任せているので、僕はラナ姉さんとスライム狩りをすることにした。

 姉さんが機嫌よくスライムの見つけ方をおしえてくれる。


「スライムってのはね、水辺とか草の中とかに隠れてるの。ほら、あそこの草むらに一匹いるでしょ?」

「あ、本当だ」


 ロジェ父さんが見つけたスライムと違い、今度は目で確認できる。

 でも、言われるまで気付かないくらい隠れている。


「どうやって見つけたの?」

「そんなの勘よ! スライムがいるような気がするなって思って、だいたいの場所を決めて、そこを見たらスライムっているものでしょ?」


 全然わからない。

 姉さんは説明できない女性だって知っていたけれど、勘だとか言われたら益々わからない。

 もしかして、野生の勘か?

 そう言われたら納得してしまうが、僕に真似をしろと言われても無理だ。

 姉さんが木剣を振るってスライムを一瞬で気絶させる。

 七歳の子供とは思えない剣さばきだ。


「ナイフで切れるの?」

「どうやって刃をいれるの?」


 などと僕は初心者を装って質問をすると、姉さんは不思議な顔をして答えた。


「切れるように入れたら切れるわよ。ナイフなんだから当然でしょ?」


 刃を引くときに力を入れるとか、そういう説明を求めたんだけど。

 スライムを倒す方法は散々一人で研究したから、別に聞かなくてもいい。

 姉さんが、すぐにもう一匹のスライムを捕まえてきて、僕に切ってみるように言う。


「姉さん、別に木剣で気絶させなくても、手で押さえつけたらいいんじゃない?」

「せっかく剣を思いっきりぶつけても大丈夫な相手がいるのに、何もせずに押さえつけるだけなんてつまらないでしょ?」

「その感覚はわからないな」


 僕はそう言って、姉さんが捕まえてきたスライムを殺して袋に入れる。


「セージはまだ小さいから、スライムは私が持ってあげるわ」

「じゃあお願いするよ」

「そこは、『男なんだから僕が持つよ』って言うところでしょ!」


 姉さんが文句を言うけれど、僕の体格だと一匹持っていくだけで手いっぱいで、肉体労働は姉さんの仕事だ。

 役割分担は重要だと思う。

 スライムを十匹倒したときには既に太陽が傾き始めていた。

 家に帰る準備をするとき、僕はふと姉さんに質問をした。

 

「そういえば、姉さんってピンク色のスライム知ってる?」

「そんなスライム見たことないわ。セージは見たの?」

「僕も見たことないけど、ピンク色の花ばかり食べてたらピンク色のスライムになるみたいなんだ」

「なにそれっ!? 面白い! いまから探しましょ!」


 姉さんは持っていたスライムの死体の入っている袋を放り出してそんな提案をした。


「待ってよ、あくまで噂だし、母さんに言われた門限まで時間がないよ」

「急げば間に合うわよ。私、ピンク色の花が咲いてる場所知ってるの! ほら、急いで来なさい!」


 僕は姉さんを止めたんだけど、暴走する彼女を止める力が僕にあるはずがない。

 レベルや力の問題ではなく、姉と弟というステータスでは語ることのできない力の差があった。

 ここで文句を言うくらいなら、急いで行って、諦めて帰ってくれたほうが母さんの言った門限に間に合うと思った。


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


「それで、門限を守らなかった言い訳はなにかしら?」

「セージが悪い」「ラナ姉さんが悪い」


 母さんの言葉に、僕とラナ姉さんは同時に答えた。


「セージが帰る時間になって面白そうな話をするから悪いんでしょ! 私は悪くないわ!」

「僕は止めたよね! 門限の時間だからって! なのに姉さんがピンクの花の生えてる場所に、一カ所ならまだしも何カ所も行くから遅くなったんじゃないか!」

「セージが一匹しかスライムを持ってくれないからいけないんでしょ!」

「五歳の僕の身体だと二匹は無理だよ」


 僕の必死な自己弁護を見て、情状酌量の余地を与えられるだろうと期待した。


「二人とも、暫く外で反省していなさい」


 判決は無慈悲なものだった。

 僕と姉さんは夕食ができるまで、家の外で姉さんとお互いの文句を言い合った後、どうやってエイラ母さんに許してもらうかという建設的な話し合いに移行するのだった。 

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