第83話 ゴブリン・スタンピード

 ゴブリンはその後30匹程遭遇した。

 僕とラナ姉さんが半分ずつ倒した。

 ついでに、草原でウサギを見つけたので、それも殺して捕獲した。

 夕食に使おう。


「セージ、魔力は大丈夫?」

「大丈夫じゃないから帰っていい?」

「まだ大丈夫そうね」


 本当に大丈夫じゃないんだけど。

 大丈夫じゃないから、戦闘中に一度修行空間に戻り、ちょっと休憩してきた。

 そして、魔力を回復させて戻った。


 一つ気付いたことがある。


 僕、こっちの世界では戦闘中に一撃で殺されない限り、無敵らしい。

 大怪我を負っても修行空間に戻ればゼロが治療してくれる。

 魔力が尽きても修行空間で休めば魔力を回復することができる。

 うん、無敵だ。

 でも、痛いのは痛いので、大怪我はゴメンだ。

 ともあれ、魔力切れで倒れることはないのは、魔術師としてはかなりのメリットじゃないだろうか?


「スタンピードって言ってたけど、原因はなんだろ?」

「ゴブリンの大量発生か、もしくは強い魔物が森に移動してきたかのどちらかね!」

「やっぱりそうだよね」


 魔物は基本一定数しか現れないが、それでも時折、大量に現れることがある。

 特にゴブリンは大量発生する魔物の代表格で、国内でも十年に一度、どこかで起こり、縄張り争いに負けたゴブリンが、別の場所を求めて移動をする。

 通称、ゴブリン・スタンピードと言われる現象だ。

 強い魔物が出たという可能性も考える。

 村の近くの森に強力な魔物が出たという記録はないが、この土地がこの国に併合されたのは三十年程前。それ以前の記録はないので、百年周期で現れるドラゴンがいないとも言い切れないが。

 

「強い魔物が出た可能性より、森に入ったロジェ父さんがいつもより張り切って魔物退治をしたせいでゴブリンがその気迫にビビッて逃げてきた可能性の方が高いよね」

「ロジェ父さんがそんなヘマをするとは思えないけどね」


 ラナ姉さんの言う通り、ロジェ父さんは森で狩りをするとき、ゴブリンが森から出ないように気配を抑えている――らしい。らしいというのは、僕はロジェ父さんやラナ姉さんみたいに他人の気配を読んだりできないから、実際に気配を抑えているっていうのがどういうことなのかわからないからだ。

 しかし、ロジェ父さんじゃないとすると、やっぱりただのゴブリン大量発生?


 酷い時だと、一万匹以上のゴブリンが発生するという。

 ゴブリンなんて弱いから大したことがないと思うかもしれないが、実際はそうではない。

 僕は魔法、ラナ姉さんは剣と、普通の人より秀でた特技があるから苦も無く倒せるだけで、普通の人間の場合、一対一なら余裕で倒すことができても三匹に囲まれたら危ない、五匹に囲まれたら命の危険があると言われている。

 いまのところ、森から出てきているゴブリンの数はそれほど多くない。このくらいの数なら平原に出ても村を襲わずに別の場所に移動するだろうが、今後増えるとなると――


「あれ、父さんじゃない?」

「あ、本当だ」


 ラナ姉さんが指さす方向にロジェ父さんがいた。何故か大きな袋を持っている。

 ロジェ父さんも僕たちに気付いていたのか、こっちに手を振っていた。

 魔物と戦った様子があまりない。

 森林浴の帰りに自分の子供たちを見つけた日曜日のお父さんって感じだ。

 ラナ姉さんも不思議に思ったようで、尋ねる。

 

「父さん、森にゴブリンってあまりいなかったの?」

「いいや、いつもより多かったね」

「じゃあ、急いで狩りにいかないと、ゴブリンスタンピードが起きかけてるわ」

「ああ、その心配はないよ。とりあえず、いつもより多い分は間引いておいたから」


 そう言われて、僕は気付いた。

 ロジェ父さんの持っている袋の膨らみに。


「ロジェ父さん、その袋の中って――」

「ゴブリンの耳だよ。一応、ゴブリンスタンピードが起きたっていう証拠が必要だからね。これでも半分くらいかな?」


 いやいや、その袋の大きさからして、千匹分くらいのゴブリンの耳が入ってそうな気がするけど、それで半分?

 一体、森の中に何体いたの?

 いや、それより重要なのは、袋の中に入っているのがゴブリンの耳だってことだ。


「ロジェ父さん、着替えは?」

「ああ、少し汗をかいたかな。帰ってから着替えるよ」

「……父さん、返り血は?」

「ゴブリン相手に返り血なんて浴びないよ」


 僕なんてラナ姉さんに言われてゴブリンの耳を切り落としただけでも服が血で汚れた――ラナ姉さんに至っては剣で戦ってたので言うまでもないほど浴びているのに、なんでロジェ父さんは返り血を浴びていないんだ?


「ああ、思ったよりゴブリンが草原に来てたみたいだね。よくやったよ、ラナ、セージ。でも、ゴブリンが大量発生したときはあまり森に近付かないほうがいいよ」


 僕に笑顔で言うロジェ父さんを見て思う。

 この人がいる限り、僕たちの住んでいる村に危機が訪れることはないだろうと。


「ロジェ父さん、ウサギを捕まえたんだ。今夜、これでティアとウサギカツを作るよ」

「いいね、セージとティアが作る料理はおいしいから楽しみだよ」

 

 うん、ロジェ父さんには元気に長生きしてもらおう。

 それが僕の平穏に繋がる。

 とりあえず、今日は疲れた。

 明日はゆっくりしようかな。


「そうだ、セージ。今回のゴブリンスタンピードの件だけど、明日にでも王都に報告に行かないといけないだろうから、一緒に来なさい。いいね」

「……え?」

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