第84話 駄々っ子母さん
スタンピードを発見した者は、詳細を軍に報告する義務がある。国の法律らしい。
今回、森の外にゴブリンが出ていると報告を受けたロジェ父さんが、単独で森に入り、ゴブリン退治を行った。そのため、詳細を報告できるのはロジェ父さん一人しかいないらしい。
それが既に収束したスタンピードだとしてもだ。
そのため、ロジェ父さんが王都に行かないといけないことは理解できた。
スタンピードの可能性があるなら、適当に村の人を連れて行って、その人に報告をさせたらよかったんじゃないかと思ったけれど、そういうことを他人に押し付けないところがロジェ父さんの美点でもある。
どうやったら、こんなロジェ父さんからラナ姉さんみたいな娘が生まれたのかわからない。
でも、なんで僕まで?
「僕が王都に行くのは秋じゃなかったっけ?」
「うん、収穫が終わってから雪が降りだすまでの間に行って帰るつもりだったんだけどね。でも、僕が王都に行くなら、セージの婚約者の家にも挨拶に行かないといけないだろ? それなのに肝心のセージがいないとなったら、なんと言われるか――」
確かにそれは不義理というものだろう。
「それに、ラナから聞いたよ。ゴブリンの半分はセージが倒したんだってね。しかも一撃で。魔法を使えることは知っていたけれど、ゴブリンを一撃で倒せるなら、教会でステータスカードを発行してもらうには十分な実力だよ。もうレベル4になってるのかな?」
レベル6なんだよなぁ。
ステータス偽造をまだ獲得していないんだけど、レベル2を誤魔化すことはできるだろうか?
「父さん、王都までどのくらいで行けるの?」
「そうだね、馬車で一週間程かな? セージを背負って走れば三日で着くけど、それをすると煩い人も多いからね」
馬車より走ったほうが倍以上速いんだ。
まぁ、馬車って何度も休ませないといけないし、野宿をするのも場所に気を遣ったりする。
それに、貴族の紋章の入っている馬車を使っていて、野宿とかもできないから、ちゃんとした宿場町で宿を取らないといけないらしい。
いろいろと大変なんだな。
とにかく、一週間もかかるのなら、一日一回修行空間で魔物狩りをするとして、七回のダンジョン探索でレベル7に上げて、余剰経験値でステータス偽造のスキルを購入すればいい。
「父さん、私も一緒に行っていいの?」
「悪いけど、ラナはエイラと留守番だ」
「ちぇ、楽しみにしてたのに……」
「さすがにスタンピードが起こった直後で戦える人間が一人も村に残らないっていうのはね。いざという時はエイラが戦わないといけなくなるけれど、その時にはラナにエイラを守って欲しい」
そう言われたラナ姉さんは、少し照れるように頷いた。
まぁ、エイラ母さんなら一人でゴブリン数百匹くらい倒せると思うけどね。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「いや! 私も行く! 計画たててたもん!」
エイラ母さんが駄々をこねた。
いや、うん、こうなる予感を全くしてなかったわけではない。
だって、母さんはずっと王都に行くのを楽しみにしていたから。
「ゼロ様の本を買うんだもん! 楽しみにしてたんだもん!」
うん、そうだよね。
エイラ母さんはゼロの本の熱狂的なファンで、王都に行ってゼロの本を買うと言っていた。
一応、バズにも王都に行ったときに本を捜してもらっていたそうだけど、見つからなかったそうだ。
そりゃそうだ。
だって、ゼロという作家はこの世界にはいないのだから。
でも、エイラ母さんは「平民に入れない本屋に行けばきっと見つかるはず! 私が行って見つける!」と意気込んでいたのは、春の終わりだったか、夏の初めだったか。
「エイラ、子供たちが見てるから」
「関係ないもん。ロジェのいじわる!」
エイラ母さんがロジェ父さんの頬をつねる。
たぶん全力でつねってるのに、ロジェ父さんが全然痛そうにしていないから、エイラ母さんが余計に拗ねた。
母親を少し可愛いと思ってしまうのは子供としては間違っているだろうか?
「エイラが欲しいのはゼロの本だよね? 僕が捜して買ってくるから」
「ダメよ。以前、あなたに本を買いに行ってもらって、全然違う本を買ってきたじゃない。料理の本を頼んだのに剣術指南書になってたわよね」
「いや、料理本を探しているうちに、つい面白そうな本を見つけて読んでいたら、そのまま買ってしまってね……」
子供言葉は直ったが、まだ機嫌は悪いままだ。
剣では無敵なロジェ父さんも、買い物は得意じゃないらしい。
意外な弱点を発見した。
このままだと、料理を並べるタイミングを計っているアメリアとキルケにも迷惑がかかるので、僕が提案する。
「だったら僕が買ってくるよ。ゼロ先生の本なら家にあるのは全部読んだことがあるから、似たような名前の作家の本と間違えることもないし、なんなら、予算の中でエイラ母さんが好きそうな本を選んで買って来ることもできそうだし」
「……確かに、領の予算が少し上向いてきたといっても、全部の本を買うことはできないわよね」
エイラ母さんが考え、ため息を吐いた。
「わかったわ……セージに任せる。金貨十枚預けるから、それで買ってきて」
「うん、わかった」
よし、お小遣いGET!
ゼロは既に何冊か本を書いているから、それを母さんに渡せば金貨十枚は丸儲けだ。
「セージ、私も――」
「王都で流行りのドレスとか髪飾りとか買って来ればいいんだよね?」
「そんなわけないでしょ。剣よ。スミス工房のオーダーメイドの剣。注文書は書いておくから王都に着いた日に渡せば、三日くらいでできるはずよ」
「オーダーメイドは高いよ? 鋳造の剣だとダメなの?」
「この日のためにお小遣いを貯めてたからなんとかなるわよ。鋳造の剣は大人の男性が使う剣が多いのよ。そういう剣も悪くないけど、今の私にとって最適の剣が欲しいのよね。本当は向こうの鍛冶職人に採寸して欲しかったんだけど、我慢するわ」
本当に戦うことに関しては真面目なんだよな。
ようやく話し合いが終わり、運ばれて来た料理は少し冷めていた。
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