第279話 鍛冶師ユーハイム
ラナ姉さんは結局剣は買わず、ラインハルト用の真っ赤なバンダナを購入した。
バンダナっていうより、一人用のテーブルクロスくらいの大きさだけど、コパンダの首に巻くにはちょうどいい大きさだ。
コパンダもバンダナを巻いてもらって嬉しそうにしている。
「メー?」
「ええ、よく似合ってるわよ。男前が上がったわね」
「メー!」
愛らしさが上がったの間違いじゃないだろうか?
かわいさというステータスがあったら、プラス10くらいなってそうだ。
僕が赤いバンダナを巻いてもそうはいかないだろう。
あとはどこに行こうかな。
アウラの歓迎会で、食事の準備はティオとエイラ母さんに任せている。
なので、僕がすることと言ったら、婚約者のミントのエスコートだ。
普段なら市場で買い食いしたいところだけど、今夜の夕食が豪華になることを考えると、ここでお腹いっぱいになるのは避けた方がいい。
「ねぇ、セージ。鍛冶屋に行かない?」
いい剣がなかったから、鍛冶屋で見たいらしい。
剣なら持っているはずなんだけど、そろそろ身体のサイズに合わなくなってきたから新しい剣が欲しいんだとか。
王都で買えばいいと思うのだが、以前、ラナ姉さんの剣を鍛えてくれたドワーフ似の鍛冶師が引退して田舎に引っ込んでしまい、新しい鍛冶師の腕がそれほどよくないそうで、剣を探しているのだとか。
「行くなら一人で行ってきなよ。僕はミントと一緒に――」
「セージ様、私も行きたいです」
「うん、行こうか」
切り替えの早さは流石だと思う。
行先を考えるのも面倒だし、それでいいか。
三人と一頭で街の外にある鍛冶場に向かった。
鍛冶屋の扉は開いたままになっていた。
踏み入った瞬間に耳をつんざくような金属の響きと、熱せられた空気に襲われる。
燃え盛る炭火が赤く輝いており、その光は室内に置かれた金属製の武器や防具などの鍛造された品々に反射し、幻想的ともいえる光景を生み出していた。
僕たちが入ってきたことに気付いていないのか、それとも鉄は熱いうちに打てという言葉があるように手が離せないのか、金属を打つ音は耐えることはない。
ただ、このままでいたら耳がおかしくなりそうなので、僕は耳を塞いだ。ミントも既に耳を塞いでいる。
自力で耳を塞ぐことのできないコパンダは最初から入ってきていない。
ラナ姉さんだけは余裕の表情で室内の武器を見ていた。
僕は鍛冶師の様子を見る。
四十歳の厳ついおじさん。
名前はユーハイム。僕が子供の頃に当時村だったスローディッシュ領にやってきて鍛冶師となる。
鍛冶の腕は結構いいらしい。
ようやく音が止まる。
「ん? 誰か来てると思ってたがセージか。なんだ? また金属矢を買いに来たのか?」
ユーハイムが尋ねた。
「ううん、用事があるのはあっち」
昔からのスローディッシュ領の村民によくあることなのだが、貴族への扱いが結構雑である。
すると、ユーハイムの表情が誰が見てもわかるくらい不機嫌になる。
「ねぇ、ユーハイム。この剣なんだけど」
「ダメだ!」
「まだ何も言ってないでしょ!」
「また糞ややこしい注文をするんだろ! 面倒だ!」
「面倒な注文ってなによ! これと同じ剣で、長さを五センチほど短くして、使っている金属に――」
「だからそれが面倒だっていうんだ! 俺の武器作りは趣味だ! 鋳造品以外でオーダーメイドは引き受けてねぇ!」
そう言うと、ユーハイムはさっきまで鍛えていた鍬を置く。
「でも、ほら私の剣を見てよ」
「だから興味がねぇ……ふん、手入れはちゃんとできているようだな。留め具の部分は自分で補修したのか? 普通に剣を振るう分には問題ないが、長年使うとなるとすぐにがたが来るぞ。そもそも、嬢ちゃんの体格からしたらこの剣はもう小さいだろ」
「そうでしょ! だからユーハイムの剣が欲しいのよ」
「欲しいなら鋳造品を買っていきな。バズ商会に卸してる」
「そこにいいのがなかったから来たんじゃない!」
そして、ユーハイムはミントを見る。
「そっちの嬢ちゃんは? ラナ嬢ちゃんと違って剣を欲しがってるようには見えないが」
「はじめまして、ミント・メディスと申します」
「ミント? ああ、セージの婚約者か。こんなむさくるしい家だが、ついてこい。茶くらい出してやる」
スローディッシュ村に昔から住んでいる人によくあることだが、貴族に対しての扱いが雑なんだよね。
まぁ、ロジェ父さんとエイラ母さんがそういう空気に持って行ったってのはあると思う。
僕も共犯の一人だけど。
「見た目はこんなユーハイムだけど、名前の通り菓子作りの名人なんだ」
「名前の通り?」
ミントが不思議そうに言うが、ユーハイムっていえば日本で初めてバウムクーヘンを焼いたドイツ人と同じ名前だからね。
つい期待して「お菓子作り」って得意じゃない? と尋ねてしまったら、「なんで知ってやがる?」と返ってきた経緯がある。
そもそも彼がこの村で鍛冶師になったのも、わらび餅というこれまでにない新しい菓子があるという噂を聞きつけてのことだったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます