第278話 独占したいから

 僕とミントとラナ姉さん、そしてコパンダの三人と一頭はバズ商会へとやってきた。

 買い物をするとすればやっぱりここだよね。

 ってあれ? 店が閉まってる?


「まだ開店前のようね」


 ラナ姉さんが扉に掛けられているクローズと書かれた看板を手に持って言った。

 しまったな。

 朝早くからバズ商会に来ることなんて滅多にないから開店時間のことをすっかり忘れていた。

 弱ったな。

 と思ったら、一台の馬車が止まった。

 あの馬車は――


「あれ? セージ様、ラナ様。お迎えっすか? 悪いっすね」

「バズ!」


 バズ商会の商会長であるバズだった。

 一時期は心労で激細に痩せ細っていたバズだったが、もうふくよかな身体に戻っている。


「ただいま王都から帰ってきたっす。おや、そちらはミント令嬢じゃないっすか」

「店開けて」

「あぁ、待っていてくれたわけじゃないんっすね。待ってください。表の鍵は持ってないのでちょっと裏口から開けてくるっすよ」


 バズはそう言って、裏口から店内に入って来る。

 その様子を見て、ミントは不思議そうな顔をする。

 バズは王都でも五本の指に入る商会の商会長だからね。時と場合によっては、男爵家の当主ですら頭が上がらない。

 そんなバズがここまで腰が低いのが変だと思ったのだろう。

 でも、答えは一つ。

 僕とバズの間柄だからね。

 鍵が開く音が聞こえ、扉が開く。


「どうぞっす! まだ他の従業員は来ていないっすけど。あ、さすがにコパンダ様は店の外で待っていてほしいっす」

「ありがとう」


 礼を言って中に入る。

 後ろでラナ姉さんがコパンダの頭を撫でて待つように言っているのが聞こえた。

 最初に入った時中は薄暗かったが、バズがカーテンを開け、次々と魔法ランプの光を灯していくので直ぐに明るくなった。

 蜘蛛の巣はもちろん、埃一つ落ちていない綺麗な店内だ。

 管理が行き届いているな。

 ミントも小物などを見て言う。


「前に商会にお邪魔したときは事務所しか行かなかったので知りませんでしたが、いろいろな物が置いてありますね」

「うん、食べ物や魔道具はないけどね」


 食品は市場で取り扱っているのでこの店には置いていない。

 そうか、僕が開店時間を把握していないのは、だいたいこの時間に買い物に出かけたら、まずは市場で買い食いをするところから始まるのが原因だな。

 くそっ、食いしん坊な僕め。

 魔道具は単に高すぎてこの町では売れないから置いていないらしい。しかし、必要なときは取り寄せることができるらしく、カタログだけは置いてある。

 カタログといえば、家具などの大型の商品も店内にはおかずにカタログだけになっているが、こちらは倉庫に保管しているらしく、必要ならば現物を見に行くこともできるらしい。


「セージ様、それで今日は何の用事っすか? もしかして、新しい商売のアイデアっすか?」

「期待してるところ悪いけど、買い物だよ」

「そうっすか。まぁ、いまはこっちも忙しいっすから、商売のアイデア貰っても実現に移せるかは微妙なところっすけど。それで、何をお買い求めで」

「贈り物をね」


 僕がそう言うと、バズは納得したように手を打ち、


「そうっすか。ミント様にならこの髪飾りなんかがお勧めっす」

「いや、ミントじゃなくて、別の女の子」

「……え? ここで浮気宣言っすか? さすがにセージ様でもそれはマズイっすよ」


 バズがドン引きしていた。

 何を勘違いしているんだ――って、いまのはさすがに勘違いさせるか。


「僕の召喚魔法で使い魔になったアルラウネだよ」

「ああ、そういうことっすか。へぇ、アルラウネが使い魔になるんっすね。どんな見た目なんっすか?」

「えっと、こんな感じ」


 僕は魔法で土を生み出し、その土を土操作の魔法で形を変え、1/16アウラ人形を作り出す。


「相変わらず器用っすね。大きさは? 小人っすか?」

「この十六倍」

「てことは、いまのラナ様と同じくらいっすね」


 ラナ姉さんよりかわいいけどね――と心の中で思うと、


「ねぇ、私の事呼んだ?」


 とラナ姉さんが鋭く反応をする。

 違う、いまのはバズの言葉に反応しただけだ。


「呼んでないよ。ラナ姉さんは何かいいの見つかった?」

「そうね。もう少し動きやすい服の方がいいのよね」


 ラナ姉さんは自分の服を見ていた。

 コパンダへのプレゼントを買いに来ていたはずなのに。


「セージ様、それなら髪飾りとかはどうっすか?」

「髪飾りはダメ」


 既にプレゼント済みだ。

 しかも、この店に置いてあるどの髪飾りよりも立派なものを贈っている。


「そうっすか? んー、だとしたら……あ、これはどうっすか?」

「これは――え? バズ、怒るよ?」

「なんでっすか!」

「さすがにこれはないでしょ。魔物といっても犬や猫にプレゼントするんじゃないんだから」


 バズが持ってきたのは首輪だった。

 まったく、アウラに会ったことがないからそんな風に思うんだ。

 今度連れてきて、アウラがどんなにいい子かわからせてやらないと。


「セージ様、あれは人間でも使うオシャレなチョーカーですよ?」

「え? そうなの?」

「はい」


 そう言われてみると、確かにバズの持ってきた黒いチョーカーはオシャレなデザインに見えなくもない。

 皮もいい物が使われているし、起きなちゃーむがついている。

 でも、首輪かぁ。


「チョーカーには、『そばにいてほしい』『あなたを私だけのものにしたい』って意味があるっすから、使い魔への女の子へのプレゼント」

「それってプロポーズみたいじゃない?」

「まぁ、使い魔って一生の主従の契約っすから、結婚と同じようなものっすよ」

「それ、ミントの横で言わないでよ」


 僕は横目でミントを見る。

 彼女はニコニコ笑っていた。


「あら、セージ様。私は気にしていませんわ。少々羨ましいですが、同じようなものであっても別のものですから大丈夫です」

「んー、僕、女性にチョーカーとか送ったことがないんだよね。白いチョーカーってある? できればリボンのついてるかわいいやつとかがあったらいいな」

「待ってください、持ってくるっす」


 そう言って持ってきたのは僕が思った通りの可愛らしいチョーカーだった。


「いいね、バズ! これ買うよ」

「あら、セージ様。アウラさんにはさっきの黒のチョーカーの方がいいのではないですか?」

「ううん、これはミントへのプレゼント。最初にチョーカーをプレゼントする相手はミントの方がいいって思ってね。僕だけのものになってほしいから」

「……セージ様……とても嬉しいです」


 これでセーフ。

 ふぅ、さっきミントが「大丈夫」って言っていた。

 こういうときの女性の「大丈夫」は信用できないって前世で聞いた記憶がある。

 本当は「私は大丈夫だけど、でも本当にあなたはそれでいいと思っているの? もう少しよく考えて」って意味なんだって。

 まぁ、ミントの場合だと本当に気にしないって意味で言ったのかもしれないけれど、こうして喜んでもらえたのなら結果オッケーだ!

 さっきの黒いチョーカーもアウラ用に購入して。


「ラナ姉さん、そろそろ――何してるの?」

「うーん、いい剣が見つからないわね」


 ラナ姉さんは店に置いてあった剣を鞘から抜いて、刀身を調べていた。

 本当にこの人は何をしに来たんだろ?


 ってあれ?

 なんか店の外が騒がしいな。

 まだ開店時間前だけど、明かりがついてるから集まってきたのだろうか?

 と思って外を見ると、多くの人が店の前に集まっていた。

 彼らの目的は――


「メー」

「あ、食べた。可愛い!」


 ――コパンダだった。

 果物を貰って食べて、それを見て周囲の人が押し寄せていた。

 文字通り客寄せパンダになっている。


「あの、ラナ様――」

「なに? ラインハルトなら貸さないわよ。それよりもっといい剣ない?」


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