第33話 魔法訓練

 その日の朝食に、ロジェ父さんは現れなかった。

 昨日の夜、ここから歩いて半日ほどの村にオークの群れが現れたという報せが屋敷に届き、夜明けを待たずに出発したからだ。

 そのため、朝食は僕とエイラ母さんとラナ姉さんの三人だけだ。

 ロジェ父さんのことは全然不安じゃない。

 というのも、僕が生まれてから、こうして父さんが駆り出された回数は、両手両足の指を使っても足りない。

 最初の頃は心配してたけど、

 ラナ姉さんが言うには、ロジェ父さんにとってのオークは、僕にとってのスライム程度の強さでしかないから、心配するだけ無駄だという。

 実際、いつも何食わぬ顔で帰って来る上、食べられる魔物が現れた場合、その日の夕食が豪華になるので、最近は早く美味しい魔物が現れないかって思っているくらいだ。

 今日の夕食は、おそらく豚を使った何かだろう。

 嗚呼、豚の生姜焼きが食べたいな。

 ということで、いつも通り朝食を終えた僕は、食器を片付け終わったエイラ母さんに相談を持ち掛けた。


「エイラ母さん、術式の雛形を理解して覚えたよ。魔法使っていいっ!?」

「え!? もう!? 一昨日教えたばかりなのに?」


 エイラ母さんは驚いた。

 本当はエイラ母さんから術式の雛形について聞いたその日のうちに修行空間で雛形を理解し、記憶できたんだけど、さすがにそれだと早すぎるかなって思って、二日間空けたんだけど、それでも早かったようだ。

 まぁ、魔法言語とか、この世界の言語とは別の言語だし、日本人が二日間で英語の単語と文法を理解して、全部記憶してきたと言ったら、「もう覚えたの!?」ってなるか。

 ちょっと失敗したかなと思うが、言ってしまったものは仕方がない。


「うん、覚えた!」

「……子供は物覚えが早いわね。私でも一週間かかったのに」


 エイラ母さんは自分を納得させるように呟くが、僕は修行空間でかなり長い間勉強して覚えているから、一週間で覚えたエイラ母さんの方が遥かに凄いと思う。


「セージ、魔法を使うの? 面白そう! 私も見たい!」

「別に面白くないと思うけど、来たかったら来なさい」


 野次馬になったラナ姉さんに、エイラ母さんが許可を出す。

 僕は面倒だから来てほしくないんだけど、それを言ったらもっと面倒なことになるので、黙っておくことにした。


「痛い」

「いま、私が来たら面倒だけど、文句を言ったらもっと面倒になるから黙ってとこって顔をしたでしょ」


 凄い。

 現代国語の問題で、小説の文章から作者の気持ちを読み解くのではなく、表情から作者の気持ちを読み解く問題があったとしたら、ラナ姉さんは高得点をたたき出すことができるだろう。

 でも、字を間違えるから減点されそうだ。


「セージは表情がわかりやすいわよね」

「え? そんなに表情に出やすい? もしかして、ラナ姉さんのことをバカだと思ってたことも顔に出て――痛い痛い痛い痛いっ!」

「いま口に出てたわよっ!」


 姉さんが僕の頭を掴んで握りつぶそうとしてくる。

 エイラ母さん、そんな子犬同士がじゃれあっているのを見ているような笑みを浮かべないで止めて!

 ここにあるのはそんな微笑ましい光景じゃなく、殺人犯とその被害者が生まれようとしている瞬間だからね!


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


 ラナ姉さんに弁明する機会すら与えられずに受けた刑罰を終え、僕はエイラ母さんに一枚の紙を渡された。

 雛形を元にした術式が書かれている。


「セージ、この術式はどんな魔法かわかる?」

「え? なにこれ? こんな文字見たことないわ」


 僕に渡された紙をラナ姉さんが奪い取り、それを見て言う。

 まぁ、何も知らない人間からしたら、見たことのない文字だろう。

 僕も日本にいた頃、アラビア文字を見て、落書きにしか見えなかったし、エジプトの古代象形文字なんて、まるで落書きみたいだ。


「ラナ姉さん、返して。これが魔法文字だから」


 僕はそう言ってエイラ母さんから貰った術式の確認をする。

 雛形の空白になっていたところが埋まって、術式として完成している。


「水の魔法だね。魔力放出量が少ないから、攻撃魔法じゃない。でも、飲み水として出すには射程距離が長すぎる。花に水をやるための魔法かな?」

「正解。魔法構築スキルを持ってる人が勉強して最初に覚えるのはこの魔法よ。水魔法『ウォッシュアウェイ』と同じ魔法よ」


 水魔法としてはウォーターボールと同じくらい一般的な魔法だ。

 なるほど、だいたい覚えた。


「母さん、なんで水魔法なの? もっと火の魔法とか強い魔法を教えてよ」

「ラナが教わるわけじゃないでしょ。それに、子供にそんな危ない魔法を教えられるわけないでしょ? 使い方を失敗しても問題に無い魔法を最初に教えるのは当たり前のことよ」


 二人が言っている間に、僕は術式を頭に刻みこむ。

 これで魔法が使えるようになった。

 僕にとっては二種類目の魔法だ。

 まさか、連続で水魔法を覚えるとは。


「エイラ母さん、使っていい?」

「待ちなさい。いま的を作るから、それを狙って使いなさい」


 と母さんが腕を振ると、長さ三メートルくらいある槍のような岩の塊が飛んでいき、家の庭に突き刺さった。


「凄いっ!」


 ラナ姉さんが感激して叫ぶ。

 僕が魔法を使う前に、もっとすごい魔法を使うのはやめてほしい。

 感動が薄れてしまうじゃないか。

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