第32話 魔法の雛形

「魔法の雛形ですか? はい、存じておりました」


 どうやら、地上で構築魔法が雛形によって管理され、自分で魔法を開発することが滅多にないということは、ゼロにとっては知識の範囲内だったらしい。

 彼は何でも知っているのではないだろうか?


「じゃあ、何で教えてくれなかったのさ?」


 そりゃ、ゼロはいろいろと規則に縛られていることはわかっている。

 ゼロに魔法の術式を書いてもらうようなズルは期待していない。

 僕が考えた術式のテストをしてもらえるだけでも大助かりどころか、僥倖であるとも言える。

 でも、今回は違う。

 魔法構築スキルで魔法を使う者の多くが、雛形を使って魔法を行使することは一般常識であり、それを教えてはいけないということはない。

 むしろ、僕が常識から外れた行動を取った時、彼は僕を窘めてくれる。

 一方的に僕の願いを何でも叶えてくれるのではなく、僕にとって何が必要かを考えてくれているはずだ。

 意地悪で教えない――ということはないはずだけど。

 

「セージ様には上を目指していただきたいですから」

「どういうこと?」

「雛形を覚えて魔法を行使する場合でも、確かに様々な応用は可能ですが、限度がございます。雛形の自然魔法を操作すれば、水を打ち上げて雨に似た現象を起こすことはできます。やり方を変えれば、氷を降らせることも可能です。ですが、雪を降らせることはできません」

「雪を? できないのか? 吹雪の魔法とかありそうだけど」

「ないことはありませんが、あれは正確には雪ではありません。細かい氷を大量に生み出し、目くらましに使っているにすぎません。雪というのは、小さな氷の粒子を生み出し、そこに水蒸気を纏わせ、時間をかけることで生まれます。そうすることで――」


 ゼロがパチンと指を鳴らした。

 すると、彼の周りに雪が現れ、風とともに舞い散り、その雪が僕の手の平に載った。

 目を凝らしてみるとわかる。

 雪の一粒一粒が核の部分からまるで木の枝のように六方向に延びて六角形を作っていた。樹枝六花という典型的な雪の結晶の形だ。

 本当に自然に生み出された雪のように見える。

 しばらく観察していると、体温で溶けて水になってしまった。


「この雪は雛形の術式からは絶対に作る事はできません。本物の雪と同じ方法で作った、天然の雪となんら変わらない雪です」


 魔法で作っているのに、人工雪ではなく天然雪だとゼロは言った。

 こんなの見せられたら、ゼロが間違っているとは絶対に言えない。

 そもそも、専門家しか自分で術式を作らないのは、オリジナルの術式は失敗のリスクがあり危険だからであり、僕の場合だと、そのリスクの部分は全部ゼロが引き受けてくれているから問題ない。

 でも、最初から、雛形の存在を知っていたら、僕は自分で術式を考えることを後回しにして、ひとまず雛形で魔法を覚え、しまいにはそれで満足してしまっていたかもしれない。

 ゼロの言っていることが正しいと、僕は反省した。


「ごめん、ゼロの言う通りだ」

「いえ、セージ様は何も悪くありません。では、本日は雛形の魔法の練習を致しましょう」

「え? いま、僕には上を目指してほしいって言ってたよね?」

「はい。ですが、セージ様のお母上からせっかく雛形を教わったのですから、それを使えるようになる必要はありましょう。それに、ゴブリン狩りでも役立つ魔法も作れるでしょうから」


 つまり、僕が魔法構築の考え方を理解してくれるのであれば、雛形を使うのは全然悪いことじゃない。

 むしろいいことらしい。


「……ところで、アウラは?」

「休憩室にいます」


 休憩室?

 いつもは僕が来たら直ぐに気付いてやってくるのに。

 寝てるのだろうか?

 扉が開いていたので、ちらっと覗いてみると、アウラは起きていた。

 起きて、鏡の前で嬉しそうに自分の髪を――というより、髪飾りを見ていた。

 僕に気付かないくらい夢中になって。


 いつか、あの髪飾りよりもいい物を贈って喜ばせたいって思っていたけれど、あれより喜ばせるのはかなり苦労しそうだ。

 きっと、未来の僕は、髪飾りを贈った僕のことを恨めしく思うことになるだろう。

 そんな憐れな未来の僕に合掌し、いまは嬉しそうにしているアウラを見て、素直に僕も喜ぶことにした。


 いつも勉強をするときは休憩室を利用するんだけど、アウラの邪魔をしたくなかったので、ゼロが育てている畑――本当は時間が流れる倉庫という設定の部屋だったんだけど、もう畑と呼ぶことにした――の横に生えている樹にもたれかかるように座って勉強することにした。

 たまには、こういう自然の中での勉強も悪くない。

 魔法構築の発動に必要なのは、理解と記憶だ。

 つまり、僕はこれから、他人が作った術式を正しく理解しないといけない。

 自分で作った術式は、自分で考えているんだから、どういう意図でこの文字を配置しているか理解できる。だが、今から読むのは他人が作った術式だ。

 現代文における作者の気持ちを読み解くという作業が必要になる。

 まったく、小説家が執筆してる時の作者の気持ちなんて、大半は「締め切りきつい」とか「パソコン使い過ぎて指痛いわ」とか「なんでこれだけ書いて印税三十万円なんだよ」とか愚痴がほとんどだろうに。

 別に実体験ではない、ただの想像だ。

 うん、ただの想像だ。


 とにかく、他人が作った術式を理解するのは、術式を作るのとは別の作業に――


「あれ?」


 大変な作業だと思ったが、そうでもなかった。

 そこにその言葉が配置されている意味が非常によくわかる。というか、この文字しかありえないという感じで文字が配置されている気がする。

 非常にわかりやすい。

 むしろ、僕が書いている術式より何十倍も。


 そうか、考えが逆だった。

 僕が考えた術式は、僕が自分のために考えた術式だから、他人にどう読まれるかなんて考える必要はない。自分さえ読めたらいい術式だ。

 逆に、この雛形となる術式は、最初から誰かに読んでもらうため、理解してもらうために書かれている。

 だから、非常に理解しやすい。


「これならすぐに理解できる」

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