第254話 囮依頼
ヒマン商会はムラヤク侯爵を後ろ盾に持つ王都では五本の指に入る商会の名前だ。
ムラヤク侯爵は人類至上主義を掲げ、亜人の排斥運動を行っている。ロジェ父さんが手柄を上げ、子爵に陞爵し配置換えによりモリヤク男爵の領地を貰う事になったとき、ロジェ父さんがエルフとの交渉役になることを知ったムラヤク侯爵は、このあたりの通商網を独占し、裏からロジェ父さんを操ろうと画策。その実行役として動いていたのがヒマン商会だった。
その手始めに、ヒマン商会はこの辺りで活動する行商人に圧力をかけた。
もっとも被害を被ったのは当時は行商人の一人に過ぎないバズだった。
僕やロドシュ侯爵、メディス伯爵の働きによりバズが商会を立ち上げ、王家御用達の看板を得てその圧力に対抗することで、通商網の独占は阻止できた。
また、バズ商会がミントが発明した魔道具や北部の商品、貴族が求める炭酸水などを独占販売し、それらの商品をヒマン商会やそこと関わりの深い商会に卸さないことで大きな被害を与えることもできたのだが、少々やり過ぎてしまったらしく、二つの商会の敵対関係は六年以上経った今も続いている。
そして、そのヒマン商会が独占販売しているのが、南のオルートル公国の品であり、そのオルートル公国の輸出品の一つが、沼地で育てられている米であった。
そのため、いまだにオルートル公国の米がこの町に入って来ることはない。
王都で買えばいいのだが、そもそも米はこの国では薬として扱われていて、大量に取り扱っているものでもない。ひとつの薬屋で仕入れられる米はせいぜい十キロ程度。そんなの、一カ月も経たないうちに尽きてしまう。なにより、この町で米を堂々と食べようものなら、「どこで買ったんだ?」「ヒマン商会が卸している米じゃないか」「さすがにそれはバズに悪いよ」となるに決まっている。
米に罪はないのに。
そもそも、隠れてこっそり食べるだけなら、修行空間で食べればいい。
僕は家の中で堂々と和食を作りたいのだ。
……まぁ、ソーカに買いにいってもらって、二人でこっそり米を食べてるんだけどね。
ともかく、僕個人もヒマン商会には強い恨みを持っている。
今回の依頼、ヒマン商会がどう関わっているのかというと、ヒマン商会の奴らが、バズ商会に対して嫌がらせをするために、ゴロツキを雇って盗賊に化けさせ、荷馬車を襲う計画を立てている。
ただし、バズ商会の馬車は王家御用達の紋章が掛けられていて、そこに対して盗賊行為を行うということは王家への反逆罪にも等しく、それが発覚すれば一生鉱山で労役刑か死罪のどちらかと言われている。それに、バズ商会の馬車は護衛もちゃんと雇っているので、簡単に襲えない。
そこで、ヒマン商会はバズ商会の馬車ではなく、そのバズ商会と取引する行商人を襲おうと考えた。
それなら護衛も大した数はいない。
まぁ、それだとバズ商会に大きなダメージを与えられるわけではないので、本当に嫌がらせとしか思えないが。
それでも出入りしている行商人が襲われるのはやはり避けたい。
そこで今回の囮の荷物の搬送を思いついたらしい。
つまり、偽の盗賊たちに荷物を運ぶ冒険者たちを襲わせたところで、一網打尽にしようという作戦だ。
「なんでサムソンはそんなの知ってるの?」
「ヒマン商会にうちの部下が何人か入り込んでいますので、そこからの情報です」
「スパイってことっ!?」
それって、こっちもかなり危ない仕事をしてるよね?
と思ったら、バズ商会にも何人かヒマン商会や他の商会のスパイが入り込んでいるらしい。
すでに複数人把握して、敢えて泳がせているのだとか。
不正競争防止法とかないのかな?
いや、きっと何かそういう法律はあるだろう。
「冒険者ギルドに依頼の内容を隠すのはよくないのでは?」
ミントが尋ねる。
うん、確かにこれは依頼の不備どころじゃない。
意図的に重要事項を隠しているのだ。
冒険者ギルドから制裁があるだろう。
「テドロン様には既に伝えています。依頼を受けた冒険者には、まずこちらが面接をして、問題ないようでしたら事実を伝えて再度依頼を受けるかどうか決めていただく予定でした。依頼を受けない場合でも手数料を支払う手筈になっていました」
依頼書に詳しく書かれていないのは、ヒマン商会の人間が依頼を確認している可能性が高いからだそうだ。
たしかに、『ヒマン商会が襲ってくるかもしれないから、囮として商品の搬送をお願いします』なんて書いて、その囮に引っかかるバカはいない。
テドロンが許可を出したのも、秘密を守れて、囮役としても相応しい人物――ということなのだろう。
「セージ様がいらっしゃったのは予想外ですが」
「……僕もこんな依頼だとは思っていなかったよ。はぁ、テドロンもグルか。まぁ、依頼を受けるかどうかここで再度検討できるっていうのなら、大丈夫なのかな? でも、そういうことなら、一度ロジェ父さんに話して領地として対策を取るべきだと思うけれど」
「領主様にも既に話を通しています。今回、盗賊退治に成功した場合は別途報奨金が領主様より支払われることになっていますので」
ロジェ父さんもグルなのかっ!?
いや、盗賊退治となると領主の仕事だから、そこに話が行っているのは当然か。
「ソーカはこの依頼どう思う?」
「拙者としては、主を危険にさらすような仕事は極力避けてもらいたいでござるな」
ソーカは否定的だったが、強くは止めないって感じか。
「ミントはどう思う?」
「私は受けるべきだと思います。貴族の役目は民を守ることです」
「セージ様、一度この話は持ち帰り、受けるとしてもロジェ様と相談していただければと思います。また偽物の盗賊に襲われないように護衛をしっかり固めて、通常の輸送依頼だけを引き受けていただいても当会としては助かります。護衛と馬車の手配はこちらで致しますので」
つまり、囮としてではなく、普通に荷物を運ぶだけでも構わないってことか。
まぁ、この話は持ち帰ってロジェ父さんに相談しないといけない。
でも、ロジェ父さんならきっと反対するだろうな。
そう思っていた。
しかし――
「あの依頼、セージが受けたんだ。うん、そろそろセージにもそういう仕事をさせないといけないかなって思っていたんだ」
まさかのロジェ父さんからGOサインが出た。
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