第253話 因縁の商会
奥の応接間に案内された。
防音が完璧なのだろう。さっきまで耳に響いていた隣の部屋の喧騒が扉を閉めた途端、嘘のように聞こえてこない。
これなら、密談するときも他の従業員に聞かれる心配はないだろう。
『黄金色の菓子にございます』『越後屋、お主も悪よのう!』『いえいえ、御代官様こそ』なんてやりとりがし放題だ。この町には代官はいないけれどね。
案内してくれた女性従業員がいなくなったあと、ミントが部屋に置いてあった風景画を見る。
「とても綺麗な部屋です。ローラン・サイエンスの絵ですよね? 複製画じゃなくて本物ですか?」
「うん。百年くらい前の有名な画家の絵だね。僕はカリンの絵の方が好きなんだけど、知名度が必要だからこれを飾らせたんだ」
交渉をするときは下に見られたらうまくいかない。
ただでさえ、この町に本店があるってだけで、バズの奴は下に見られがちだ。
だからこそ、下に見られないために、交渉を行う部屋の装飾品は大切にしている。あの絵も買えば金貨一万枚を下らない。
だが、僕が無理を言ってバズに買わせた。
バズもその意味を理解し、清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入したようだ。
「よく買えましたね。値段もさることながら、滅多に市場には出回らないんですけど」
「知り合いの画商の伝手でね」
「そういえば、セージ様はドルンの評議長とはお知り合いでしたね」
「そういうこと」
芸術の街はマッシュ子爵の領地であり、領主町でもあるのだが、同時に自治都市でもある。
評議会の議長を務めているのが、マッシュ子爵の父、ド・ルジエールであり、彼には何度か世話になったことがある。たとえば王都で芸術を学んでいるカリンの留学先を斡旋してくれたのも彼だし、今回もこの応接室の絵に飾るにふさわしい絵を紹介してくれた。
ただ、値段だけあって、本当にきれいな風景画だ。
これなら一時間くらいなら飽きずに見ていられそうだ。
「セージ様、お待たせしました」
そういって、細見の男性が入って来る。
「サムソン、こんにちは」
「はじめまして、ミントと申します」
「はじめまして。ミント・メディス様ですね。お噂は会頭より伺っております」
サムソンが片膝を付いて貴族への礼に倣い挨拶をする。
そういうのは面倒なので控えて貰った。
彼はバズ商会の副会頭であり、主にこの本店を取り仕切っている。
そのため、何度か顔を合わせたことがあった。
元々、バズと同じように行商人だったが、バズが商会を起こすときに協力関係を結び、副会頭となった。
かなりの切れ者で、バズ商会の成長の陰には彼の活躍が大きい。
「連絡くださいましたら、こちらから伺いましたが」
「いやいや、冒険者ギルドの依頼を受けた報告だけだから。忙しいサムソンに無理言わないよ。ところで、最近調子どう?」
「はい。先月比の売り上げは1,7%増。去年の同月比では14.6%増と好調です。ただ、服飾部門の売り上げが思ったより伸び悩んでいます。その原因としまして、やはりこの町では古着を購入する文化が定着しており、新しく仕立てた服を買う人が――」
「あぁ、そういう細かい話じゃなくて……うん。調子がいいのならいいんだ」
サムソンが資料も見ずにさらさらと答えるが、こっちは世間話程度に振った話題のため、そこまで詳しい話を求めていない。
「それでは、依頼の話をいたしましょうか」
「うん、お願い」
僕がそう言うと、さっきの新人っぽい若い女性従業員が入ってきた。
とても緊張しているようだ。
「さ、先ほどは失礼しました。セージ様とメディス家のお嬢様とは知らず、無礼なことを言ってしまい――」
「そういうのはいいよ。僕もミントも冒険者として未熟なのは確かだしね」
「セージ様もそう仰っている。説明を始めろ」
「は、はひ」
女性従業員は背筋を伸ばして依頼の説明を始めた。
北の街までの商品の搬送。
運ぶものは、日用品と日保ちのする食料品。
「いつもはバズ商会の馬車で運ぶから、冒険者ギルドに依頼するのは護衛依頼だったよね? なんで輸送依頼にしたの?」
「そちらの方が安いからです。お金や爆破の魔石を運ぶときなどは商会の人間が運び、大半は商会専属に頼み、不足している人員のみ冒険者ギルドに依頼しているのですが、今回は盗まれたとしても問題ない品ばかりです。あ、もちろんセージ様がそのようなことをなさるとは思っていません」
つまり、ただの節約ってわけか。
ラナ姉さんだったら、「面白くない依頼ね」とか言いそうだけど、最初の依頼としてはちょうどいいと思う。
じゃあ、問題なく依頼を受けよう。
そう思ったら――
「というのは建前でして、本当は盗賊相手の囮です」
サムソンがとんでもない爆弾発言をしてきた。
盗賊相手の囮?
いやいや、盗賊なんてもう何年も出てないよね?
ロジェ父さんの武勇は盗賊たちまで届いている。
わざわざこの領地で盗賊行為をしようだなんて人間は滅多にいない。
それなのに盗賊行為を働くって、いったい誰が?
「正確にはヒマン商会の雇った盗賊を騙る傭兵崩れ対策です」
ヒマン商会――その名を聞いて、僕は下唇を噛む。
忘れもしない。
六年半前、あいつらのせいで……あいつらのせいで――
僕はいまだに米を自由に食べられないのだから。
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