第252話 体罰良くない
結局、テドロンが僕たちの相手をすることになった。
ミントが、「私は元々平民ですから気を遣わないで下さい」と言わなかったら中々話が進まなかっただろう。
とりあえず挨拶を終えた僕たちは依頼表を確認する。
王都と違い、この辺りだと魔物退治の依頼があるにはあるのだが、日帰りが可能な依頼は限られている。
ゴブリン退治は常駐依頼なのでここには貼られていない。
【ビッグトードの討伐依頼:繁殖期を前に討伐して数を減らしてほしい】
ここから遠いから無理。
【オーク肉納入:森の奥に生息するオークの肉の納入】
森の奥に入るのはロジェ父さんに禁止されているから無理。
【北の鉱山町への商品の運送】
これもさすがに遠い――
「セージ様、この依頼はどうでしょうか?」
「え? 商品の運送?」
僕が駄目だと思った依頼をミントが提案してきた。
てっきり魔物退治の依頼をしたいのかと思っていたが、戦闘狂のラナ姉さんとは違うな。
でも、やっぱり北の鉱山町までは遠いと思う。
「いやいや、普通に歩いても片道三時間だから往復六時間かかるよ? 荷物を運ぶとなると馬車の速度も下がるし、さらに時間がかかったら夕食に間に合わないよ」
「別に今日でなくても、明日の朝に出発して、夕方までに帰ればいいですよ。それに、私たちにはマジックポーチがありますから」
そう言われてみれば、今日の仕事とばかり思っていたが、別に明日でもいいのか。
依頼書の期限もまだある。
マジックポーチがあるのなら、割れ物でも重いものでも簡単に運べる。
ソーカにも相談したが、問題ないだろうとのこと。
「じゃあ、依頼を受けようか………………………………うん、いいみたい」
一応、ミントの護衛たちが困るようなら依頼を受けるのをやめようかとも思ったけれど、特に何も言われないのでそのまま依頼を受けることにした。
「おう、セージ、それを受けるのか?」
「うん。依頼人はバズ商会だから安心だし」
「そうだな。まぁ、あそこはお前を騙すことはないだろ。運ぶのは明日にしてもいいが、とりあえず今日中に依頼を受けた挨拶だけしておいてくれ」
そう言って、テドロンは依頼書を雑に引っぺがし――画鋲で止められている部分が千切れた――依頼を受けた冒険者の名前を書き、冒険者ギルドの承認印を押して僕に渡した。
承認印、さかさまになってる。
よくそんな大雑把で支部長が務まるものだと少し不思議に思ったが、トップに立つ人間はそのくらい大雑把で、下がちゃんとそれをフォローしてくれたら、案外組織というのはうまく回るのかもしれない。
実際、この世界も神が大雑把に作ったが、天使たちがしっかり管理しているので世界として機能しているわけだし。
「ありがと」
「ああ。一応言っておくが、この依頼は失敗したら賠償物だし、ギルドからも処罰があるからな。まぁ、依頼人がバズ商会だから、お前相手なら、失敗したところで成功扱いしてくれるだろうけどな」
「ははは、そんなことしないとは言い切れないけど、失敗しないようにするよ」
バズ商会の出資者は僕だからな。
言うなれば、株式会社株の筆頭株主のようなものだ。
運ぶものにもよるが、依頼に失敗して、盗賊に運んでいる荷物を盗まれたとしても、バズに謝ってフォローすれば、なんとかなるだろう。
「そういえば、ミントはバズとは会ったことがあるんだよね?」
「はい。会頭さんは何度かうちにいらっしゃいましたから。あと、魔道具の独占販売契約を交わすときに何度か。とても大きな商会ですよね」
「うん。ロドシュ侯爵とお爺様の援助のお陰だよ」
「ふふふ、一番多額の出資をなさっているのはセージ様ではないですか」
「まぁ、それはそうなんだけどね」
お金は溜め込み過ぎたら経済が回らないと言われているので、僕が特許等で稼いだお金のうち税金の分を除いて得た純利益の半分くらいはバズ商会に出資している。
僕が開発した炭酸水やオルゴール、スカイスライムなどの特許料だけでも莫大な儲けになっているのに、さらにミントが発明した魔道具の特許料の半分も僕のものになっている。
そのうちの半分ともなると、もはやいくら出資したのか計算するのが恐ろしい額になる。
ちなみに、残りの半分のうちさらに半分くらいは、鍛冶屋の設備投資や農具の提供など町の発展のために使っている。さらに残った額からも教会への寄付や、王立研究所に出資などいろいろと使い特許料のほとんど使い果たしてしまっている……のだが、残った僅かな割合のお金だけでも使い切れないくらいの額になっている。
大人になれば使い道も出てくるんだろうけれど、いまはまだ未成年だからね。
「ここがバズ商会だよ」
「王都の支店より小さいんですね」
「うん。王都の店舗は見栄だってバズが言ってた。一応、倉庫が地下にあるから、それを考えると結構広いよ」
「地下にあるのですか?」
「うん。城壁のための煉瓦を作るのに大量に土が必要だったんだけど、ちょうどエイラ母さんがレオンを妊娠中であんまり遠くに行けなかったんだよね。それで、どうせならバズ商会の店舗の建設予定地の土地の部分の土を使って地下をくりぬいて、そこを倉庫にしたらどうだろうか? って案が出たんだよ」
「それはまた壮大なお話ですね。土魔法はそこまで万能ではないのですが」
「それはエイラ母さんだし」
僕も少し手伝ったけれど、エイラ母さんは僕とは魔力の桁が違った。
そんなことを思い出しながら、バズ商会の中に入った。
店舗ではなく、あくまで従業員たちが働くオフィス側なので、店員たちが書類を書いたり運んだり元気に動き回っていた。
誰か知っている人はいないかとみていると、
「誰ですか? ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」
そう言って、一人の従業員らしい女性が僕に声を掛けてきた。
見たことのない顔だ。
「はじめまして。冒険者ギルドから派遣されてきました。荷物の運搬の依頼を受けて」
「荷物の運搬の依頼? 確かに私が依頼を出したけれど……あなたたちが?」
彼女は僕たちを値踏みするように頭の先からつま先まで見て、
「ごめん、帰ってくれるかしら?」
思わぬ返事が来た。
「冒険者ギルドには信用できる相手をお願いしたの。さすがに駆け出しのあなたたちにお願いするわけにはいかないわ。安心して、こっちから断るわけだから、ギルドの処罰の対象には――あいたっ! 先輩、何で急に後ろから殴って来るんですか」
「あなた、なにやってるのよっ!」
「冒険者ギルドに依頼をしたとき、ちゃんと信用できる冒険者だと冒険者ギルドが判断した人だけを派遣するようにお願いしたんですよ。私は悪くありませ――って、先輩、無視しないで下さい」
女性従業員を後ろから殴った、ベテラン風の女性従業員が僕に頭を下げた。
「申し訳ありません、セージ様。従業員の指導不足でして。話は奥で伺いますので」
「セージ様……セージ様って、えぇぇぇっ!? あの領主の息子で、領主様よりもお金持ちで、会頭が絶対に足を向けて寝ることができない大恩人っていうセージ・スローディッシュ様ですかっ!?」
「うるさいっ! あなた、お茶の用意でもしてなさい!」
そう言って先輩従業員は後輩の女性の頭を叩いた。
教育熱心なのはわかるけれど、体罰はあんまり良くないと思うよ。
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