第251話 ミントと冒険者ギルドへ
リアーナたちは暇な時間に音楽の勉強を本格的に始めるということなので、僕はそれに向けて一冊の本を持ってくる。
異世界通販本――僕は他の人に比べてレベルを上げるときに十倍の経験値が必要になる代わりに、レベルが上がったとき使った経験値の9割を余剰経験値ポイントとして獲得し、そのポイントを使って買い物をすることができる。
その売っているものというのが、特殊な力を得ることができるスキルだけでなく、なんと日本で売られているものも含まれているのだ。
だいたい1ポイント1円くらいの価値で買い物ができる。
それを使い、たとえばこちらの世界では高価な香辛料を安く買うことができたり、こちらの世界にはない技術が書かれている日本の専門書を買うこともできる。
一応お金を積めば拳銃なども買うこともできるのだが、怖くて買えていない。
こっちの世界では結構お金に余裕があるので、逆にこちらの世界のお金で経験値を買いたいと思うのだが、それはできないようだ。
ともかく、僕はその異世界通販本を使い、ヴァイオリンの初心者向けの教本を購入することにした。
ゼロに頼んだら執筆してくれると思うのだが、なんでもかんでも彼に頼りっ切りというわけにはいくまい。
幸い、音楽記号などの楽譜はどういうわけか地球のものと同じなので――たぶん神がそういう風に設定したのだろう――文字を読めなくても楽譜そのものは使える。
そして現れた本を見て、僕は一瞬手を止める。
子供の頃に何度も練習に使っていた本だった。
もちろん、前世の話だ。
僕が使っていた本そのものではなく、新品だったけれど、神の悪戯かと思わざるをえなかった。
「ありがとうございます、セージ様。ところで、この楽譜の部分だけ纏めて売り出せばお金になるのでは?」
「それは考えたんだけどね」
たとえば、有名な文学作品をコピーして売るのはどうかと考えたこともあるが、そもそもこちらの世界と地球とでは文化が違うし、完全にコピーできるものではない。そもそも翻訳ってのは単純に言葉を知っているだけでできるものではない。
でも、音楽の楽譜ならそれは可能だ。
ただ、妙なファンが出来て、出所を探られたら面倒なんだよね。お金には困ってないしさ。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「セージ様、それなら私は冒険者ギルドに行きたいです。一緒に依頼を受けましょう!」
翌朝、ミントに町を案内することにしたのだが、一通り見て回った後にミントに行きたいところがないか尋ねると、彼女が希望したのは、まさかの冒険者ギルドでの仕事だった。
なんと、ミントは既に冒険者登録を済ませていたのだ。
彼女の実の両親は元々冒険者として活動していて、彼女が冒険者に憧れていたのは知っていたが、少々過保護気味に育てていた彼女の父親が冒険者登録を許可しているとは思わなかった。
もっとも、やっぱり一人での活動は許されておらず、護衛と一緒に薬草採取程度しかできていないらしい。
ちなみにミントの護衛はいまも周囲に溶け込み、しっかりミントの身の安全を守っているらしい。
僕にはその気配はわからないのだが、彼ならばわかるかもしれないと僕の護衛に尋ねた。
「ミントの護衛の位置わかる?」
「無論でござる。後方に三、前方に一。合計四人。全員が手練れでござるな」
そう言う和服に黒髪の男の名前はソーカ。
もともと遥か極東に位置するヤマトの国の侍だったのだが、いまは世界を旅し、そして七年前から僕の部下として働いてくれている。
刀の腕前は超一流。
うちの領内ではロジェ父さんに継ぐ戦力だ。
さすがソーカはミントの護衛の位置が丸わかりだな。
「ソーカなら四人同時に襲われても倒すことができる」
「うむ、左腕一本でござるな」
「凄い! 利き手じゃない方の腕で戦って勝てるんだ」
「否、左腕一本持っていかれる覚悟で戦えば撃退できるでござる。全員手練れでござるからな」
ソーカも凄いが、ミントの護衛たちも凄かった。
いや、やっぱり左腕を持っていかれながらも四人を倒せるっていうんだから、ソーカが凄いのか。
まぁ、ソーカとミントの護衛四人がいるというのだから、まぁ町の外でゴブリンを退治するくらいなら問題ないか。
「じゃあ、依頼を見に行こうか」
「はい!」
冒険者ギルドに入ると、昨日みたいに冒険者の花道を作られることもなかった。
というか、冒険者の姿がほとんどない。
まぁ、人口が増えたといっても、町に在中している冒険者の数は数十人程度だし、依頼を求めて冒険者が集まるのは朝だ。この時間は仕事をしているか隣の酒場で昼飯を食べているかのほとんどだ。
そのため、冒険者ギルドの職員も少ない……のだが――
「なんで僕の相手はテドロンなんだ?」
どういうわけか、冒険者ギルドの支部長、テドロンが僕の相手をしてくれることになった。
普通に受付嬢相手に依頼を受けたいのだけど。
「そう邪見にするな。特別扱いしてるんだ。それで、そちらの嬢ちゃんは誰だ? 見ない顔だが――」
「僕の婚約者だよ」
「なんだ、女連れで遊びに来るところじゃない……って、そういえば、坊主の婚約者って」
「はじめまして。支部長様。ミント・メディスと申します」
「メディス伯爵家のお嬢様っ!?」
そういうとテドロンは後ろを振り返り、
「おい、誰か変わってくれ! 大事な客だ!」
「「「現在全員昼休み中です!」」」
伯爵家のお嬢様の相手を変わってもらおうとしたが、他の職員に全く相手をされなかった。
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