第250話 ヴァイオリン

「ってことで、これがミントの作った蓄音機なんだ」


 僕は蓄音機を持って、修行空間へとやってきた。


「凄いです! 本当に魔道具から人の声が聞こえます」

「音を記憶させて再生する魔道具ですか。風属性の自然魔法の中には遠くに声を届けたり、音を大きくしたりする魔法もありますが記憶させると言うのは初めてみました」

「これ、セージ様の世界では魔法も無しで同じものが作られているんですよね?」


 僕に話しかけてくる三人の女性はそれぞれリアーナ、リディア、リーゼロッテという名前のハイエルフだ。

 かつて天使の命令に逆らい、独自の研究を重ねた結果、天罰を食らい、この修行空間に転生した挙句、天使ファーストのお使いで三階層に行き、そのまま忘れられて数百年放置されていた憐れな女性たちだ。

 いまは保護され、こうして修行空間でゼロが管理している最初の階層――零階層に住んでいて、畑仕事の手伝いや、鶏、生け簀の魚の世話などをしている。

 リアーナは元ハイエルフの女王で弓の名手。

 リディアはゴブリンフェチの万能魔法使い。

 リーゼロッテは独自の芸術センスを持つ巫女。

 最初はなし崩し的に零階層の住人となったが、いまでは大切な仲間たちだ。


「これがセージのお爺ちゃんとお婆ちゃんの声なの? はじめて聞いた」


 アウラが尋ねた。


「うん、そうだよ。これに声を残しておけば、いつでも好きな時に声が聞こえるんだ。アウラは蓄音機を見てもあまり驚かないの?」

「うん。だって、チクオンキってCDのことでしょ?」

「あれ? アウラってCDはわかるの?」

「うん! ゲームと一緒に入ってたから」


 あぁ、そういえば神が用意した大量のゲームの中には本体のゲーム以外にCDがセットになっているものがあった。

 CDの中には、ゲーム内で使われているBGMの音楽とかドラマCDが入っている。

 そういえば、昔、アウラに尋ねられて答えた気がする。

 ゲーム部屋は神の部屋であり、恐れ多いからという理由で、ハイエルフたちが入ったのは二、三度くらいだからアウラしか知らなかったのか。

 ゲームの持ち出しは禁止されているし。


「そういえば、そのCDも同じような円盤が使われていましたね。あれも波が刻まれているんですか?」

「僕も詳しくは知らないんだけど、CDには目に見えない溝のようなものが無数にあって、その溝に光のレーザーを照射してその溝に情報を刻んでるんじゃなかったかな?」

「目に見えない溝に記録してそれを読みこむのですか……セージ様のいた世界は凄いのですね」

「僕からしてみれば、魔法なんてものがあるこの世界の方が凄いんだけどね」


 リディアの質問に答えながら、僕はそう呟く。

 『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』ってSF作家のアーサー・C・クラークが残していたけれど、転移魔法や亜空間への移動は簡単には科学で再現できないだろう。それこそSF世界の話になってしまう。SFといっても『サイエンスフィクション』ではなく『すこしふしぎ』の方かもしれないが。


「面白そうですね。台詞だけの劇とか記録するのもいいですが、音楽を記録するのもよさそうです。セージ様、これで記録ができるんですか?」

「ううん、これは再生専用で、録音するのはこっちの魔道具を使うんだ」


 僕はそう言って、もう一つ、似た形の魔道具、そしてまだ何も刻まれていない蝋の塗られた石の円盤を取り出す。


「いいですね! 私たちの歌を録音して是非売ってもらって――」

「リエラさんに聞かれたら大変だからダメ」

「ですよね……なら、楽器の演奏なら」


 リアーナが提案する。


「三人って楽器の演奏できるの?」

「できるのはできるはずですが」

「もう数百年楽器に触ってないので」

「とりあえず、楽器は一ついただいたのですが」


 そう言ってリーゼロッテが持ってきたのは、ヴァイオリンだった。


「ヴァイオリンを弾けるの?」

「これはゼロ様に頂いたのですが、私たちが使っていた楽器は笛がほとんどでして使い勝手がわからず」

「そっか……少し借りていい?」


 僕はそう言ってリーゼロッテからヴァイオリンを借りる。

 本体はメイプル材、弓はフェルナンブコ、弦は……ガット弦――羊の腸の繊維を乾燥させたものをねじり合わせたもの――に似ているけれど、少し違う気もする。魔物の物を使っているのかもしれない。さすがゼロが用意したものだけあって、一級品だ。

 僕は試しにヴァイオリンを弾いて、チューニングしていく。チューナーがないので自分の耳だけが頼りなのだが、絶対音感も持っていないので少しズレがあるかもしれない。

 それでも何もしないよりはマシだ。

 そして、僕は弾いていく。

 セージとして生まれ変わって初めてのヴァイオリンだが、たぶん年齢のせいだろう。

 身体が自然に動く。

 あぁ、違う、そうじゃない。

 自然に体が動いても違和感は残る。

 あの時ならもっと上手に弾けたのに――そう思いながら、僕は最後まで演奏を続けた。

 そして、小さく息を吐く。

 アウラとハイエルフたちが目を丸くして僕の方を見ていた。


「あの――」


 どうしたの? と言おうとした途端、アウラたちが一斉に拍手しだした。


「セージ、綺麗! これ何の曲?」

「……歓喜の歌だよ」

「とても綺麗な曲です。セージ様が作曲なさったのですか!?」

「違う違う、ベートーベンっていう僕の世界の偉大な音楽家だよ。音階が多いから指の練習になるって何度も母さん……前世の母さんに練習するように言われたんだ」


 でも、真面目に練習してたのは十二歳までだった。

 そこで、僕はあることをきっかけに自分の才能に限界を感じ、次第にヴァイオリンから離れていった。


「セージ様、ヴァイオリンの弾き方教えていただいてもよろしいでしょうか?」

「私も練習したい!」

「ごめん。僕、教えるのは苦手だからさ。ゼロに頼んでよ。きっとゼロの方が上手に弾けると思うからさ」


 僕はリーゼロッテとアウラに笑いながら謝って、ヴァイオリンを返した。

 久しぶりに弾いて、思ったより嫌な気持ちにはならなかったけれど、でも思い出したくないことまで思い出しちゃったな。

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