第241話 スローディッシュ領の冒険者ギルド
なんとか最後の一匹のリザードマンを剣で倒した僕は小さく息を吐いて感想を漏らす。
「今日から経験値入手してるはずだけど、相変わらず体感ないなぁ」
この辺りはゲームと違い、「経験値〇〇獲得」とかアナウンスはない。
ただ、ゲームと同じなのは、死んでいるリザードマンの隣に金色のコインがあることだ。
ゴールド――五階層、十五階層、二十五階層のダンジョン内でのみ使える通貨だ。
経験値が溜まらないこの六年半。ゴールドだけを地道に貯めてきて、現在の貯金額はなんと800万ゴールド。
結構使ってもいるけれど、それでも貯まったと感心させられる。
落ちているゴールドとリザードマンの死体は、そのままマジックポーチ(荷馬車一台分くらいの量の物が中に入り、重さも感じない魔法のポーチ)に入れた。
その後もアウラと二人で何回か戦闘を繰り返しながら、一件の店を目指した。
ダンジョン五階層には様々な店がある。
その中で唯一特別な店が、このメリー雑貨店だ。
メリー雑貨店は五階層で僕が発見した雑貨屋の中でも一番大きな店で、よく訪れていた。
「あ、いらっしゃい! セージさん、アウラさん」
「こんにちは、メリーさん」
店主のメリーさん。
見た目は女子高生くらいの年齢の元気な女性。
ただ、彼女は人間でも魔物でもなく、ホムンクルスという造られた人形のようなものだった。
最初は決められた言葉しか話すことができず、まるでゲームのNPCのような存在だったのだけれど、一緒に買い物に来たアウラや他の仲間と一緒に話をするうちに、三年前からどういうわけか少しずつ自分の意思のようなものを持ち始め、現在はまるで普通の人間のように接して来る。
ゼロがいうには、魂が宿ったというものらしいが、特別なイベントもなく魂って宿るものなんだと実感させられる。
これが五階層の秘密要素らしく、魂が宿ったメリーさんは自分で判断して、これまで店では売っていなかった様々なものを仕入れてくれるようになったり、手料理をご馳走してくれるようになった。
魔物しかいない五階層でどうやって商品を仕入れているのか気になったけれど。
尋ねても教えてくれない。
そして、その仕入れてるものというのが……
「また、たくさん仕入れたね」
「はい! 頑張りました!」
いったいどう頑張ったというのだろう?
目の前にある十冊の本を見て僕はため息をつく。
作者は全員メリ。
「ねぇ、これメリーさんが書いて――」
「違います!」
食い気味にメリーさんが否定する。
なら、どうやって仕入れたというのか?
尋ねても教えてくれない。
大切じゃないけど二度言いました。
「じゃあ、全部貰おうかな。あと、これ、預かったメリ先生へのファンレターね」
「ありがとうございます。これを読むのが一番の楽しみなんですよね! ……ってメリ先生が仰ってました。セージさんとアウラさんは読まないんですか?」
「アウラはちょっとわからないよ?」
「僕も、そっちの素養がないんだよね」
ここで売っている本って、全部男同士の恋愛小説だから。
できることなら、これらの本は普段の世界にも持ち込みたくない。この本に世界が侵食されていったら、世界が住みにくくなる。そんな予感がした。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
五階層の探索を終えた僕は、翌朝、レオンと一緒に冒険者ギルドへと向かった。
スローディッシュ子爵領の領主町。
立派な城壁に囲まれたこの町の人口は、昨年千人に達した。
「この町も大きくなったね。僕がレオンくらいのころなんて二階建ての建物もほとんどなかったんだよ」
「信じられないよ。ロジェ父さんがこの町に来たときは貧乏で、毎年小さな子供が何人も死んでたって言ってたよ」
「うん、このあたりは乾季が長く続くことがあるからね。いまは川の上流に大きなため池を作ってるから余程大きな干ばつでもない限りそこから放水して乗り切れるけど、昔はエイラ母さんの魔法で雨を降らせて乗り切ってたし、エイラ母さんがいないときはそれもできなかったからね」
でも、レオンの言う通り、過ごしやすい町になったと思う。
町を歩いていると、屋台がいろいろ出ている。
周辺の領地からいろんな特産品がこの町に届いて、それが加工されてこうして売られているのもよくなった。
さっき朝ごはんを食べたところなのに、もうお腹が空いてきた。
「レオン、あの屋台なんだけど」
「セージ兄さん。ティオがお弁当を持たせてくれたから我慢しようね」
「……うん、わかった」
レオンはしっかりものだ。
屋台をスルーして、酒場に併設されたひと際大きな建物に到着する。
冒険者ギルドか。
「セージ兄さん。冒険者ギルドには行ったことがあるの? 怖いところじゃないよね?」
「うん、できたばかりの頃に一度。あとは王都の冒険者ギルドにも行ったことがあるんだけど……最近は行ってないからな」
少し心配事がある。
前に王都で、冒険者ギルド内で揉め事を起こしたら、他の冒険者が取り押さえ、資格が剥奪となるから、中は安全。
ただし、それは王都の冒険者ギルドの話で、地方の冒険者ギルドでは結構問題も起こっている。
そう、ここは発展したとはいえ国の辺境の町だ。
つまり、あの時聞いた地方の冒険者ギルド。
最近、多くの冒険者が集まってきていると聞くので、油断できない。
「大丈夫、いざとなったら」
「セージ兄さんが守ってくれるの?」
「この子爵家の家族の証であるブローチを掲げ、僕に何かあったらスローディッシュ子爵家がただじゃ済まさないぞ! って叫んで黙らせる!」
「ははは、セージ兄さんらしいや」
力尽くで撃退なんて荒っぽい真似はしない。
僕の目指すべき貴族像は、「あぁん? 貴族の僕に逆らって無事で済むと思ってるのかい?」とか言う三下貴族だ。
さて、入るか。
油断せずに行くぞ。
僕がそう思い中に入ると、待ち構えていた冒険者、約十名がこちらを一斉に見て、
『ようこそいらっしゃいました、セージ・スローディッシュ様!』
と頭を下げて出迎えた。
あまりの予想外の展開に僕は扉を閉めるのだった。
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