第240話 六年半の成長

 その日の深夜。僕は目を開ける。

 既に零時は廻り、僕は晴れて十二歳になった。

 僕はこっそり移動を開始する。


 次の瞬間、僕は別の世界にいた。

 石造りの部屋で、中央には魔法陣が描かれている。

 別の世界といっても、地球に戻ったというわけでもなければ、別の異世界に転移したということではない。

 修行空間――そう呼んでいるこの世界は、神が僕にくれた特別な世界――いうなれば僕がいた世界の裏にある僕専用の世界だ。

 僕は自由自在にこっちの世界と元の世界を行ったり来たりできる。

 自由といっても、出入りできるのはこの魔法陣の中央だけで、元の世界に戻るときも元の場所にしか戻れない。

 あと、修行空間にいる間は元の世界では時間が流れることはないし、僕の肉体が成長することもない。

 そのおかげで、僕がどれだけ修行空間にいても「セージはどこにいった?」「セージ兄さんが行方不明だ」なんてことになることはないし、こっちの世界に何年もいたせいで「あれ? セージ十二歳なのに老け顔過ぎない?」なんてことになる心配もない。


「セージ様、お帰りなさいませ」


 そう言って僕を出迎えた背中に白い翼を生やしている執事はゼロという。

 この修行空間零階層の管理人にして、天使である。

 この世界は僕の意見を元に創られたため、ゼロにとって僕は造物主らしく、とても大切にしてくれている。

 このゼロは万能で、とても強いだけでなく、料理、裁縫、畑仕事、本の執筆から魔法の教育までなんでもこなす。

 神にはいろいろと思うところがある僕だけれども、ゼロという天使を生み出したことには一番感謝している。

 ゼロがいなかったら、僕のこの人生は大きく変わっていたことだろう。悪い方に。

 この修行空間にはダンジョンがあり、そこには数々の魔物が生息している。

 僕はそこで五歳の頃にレベル上げをしていた。

 ただ、ちょっと五歳の秋に無茶し過ぎて神に罰を食らい、これまでの間、修行空間でのレベル上げが禁止になっていた。

 その禁止期間が明けるのが、今日。

 僕の十二歳の誕生日である。


「ただいま、ゼロ。早速だけど――」

「はい。神より伝言を賜っております。修行空間でのレベル上げ解禁でございます」

「よし、じゃあ早速……最初は肩慣らしに五階層にでも行こうかな」


 この六年半。僕はほとんどレベルを上げることができなかった。

 五歳の間にレベル1からレベル11に上がったというのに、現在のレベルは12。

 その原因は、僕は他の人よりレベルが上がりにくい体質にある。

 この修行空間というチートの代償というべきか、神の嫌がらせというべきか、レベルを上げるのに他の人の十倍経験値が必要になるのだ。

 ただでさえ、子供のうちは自由に魔物を倒せないというのに、経験値が十倍必要ともなれば、そりゃレベルも上がらない。

 僕には魔物を退治するほかに、修行空間でいろんな魚を釣ってミッションをクリアすれば経験値が手に入るというおまけ要素のようなものがあって、そのお陰でレベル12になれたのだが、それですら奇跡のようなものだ。


「セージ! ダンジョンに行くの!?」


 僕が準備をしていると、一人の緑色の長い髪の美少女がこっちに走ってきた。

 彼女はアウラ。

 実は人間ではなく、アルラウネという魔物なのだが、どういうわけかとても人懐っこい性格で、ダンジョンの一階層の大草原で一人でいるところに出会い、僕と友達になった。

 出会ったときからほとんど姿は変わっていない。

 最初に会ったときはかなり年上の見た目だったが、僕が成長したことで、姉弟くらいの身長差になっている。


「アウラも一緒に行こうか」

「うん、一緒に行く!」


 ダンジョンは階層ごとに色んな特性がある。

 七年前には気付かなかったこと、知らなかったことも含めて説明をする。


 一階層は草原。魔物はスライムしか現れないので、初心者のレベルアップ向けの階層。隠し要素として、多くの魚が生息し、釣りをすることでボーナス経験値が入手できる。

 二階層ははげ山。ゴブリンと数々の鳥が生息する。隠し要素としてゴブリンの集落があり、そこを襲撃することで拠点制圧イベントが発生し、周辺のゴブリンを配下にすることができるのだが、管理が面倒なので、今のところ一度しか制圧していない。

 三階層は池。日々ビッグトードとジャイアントクラブが戦いを繰り広げている。一年に一度、両者の戦争があり、片方に味方して戦いに参加することができる。ただ、勝利しても特別なボーナスがあるわけでもないので、何かしらの別の条件があるのかもしれない。現在調査中。

 四階層は森。フェアリーサークルと呼ばれるキノコが環状になっている場所があり、そこからホムンクルス妖精が現れておつかいイベントが発生。おつかいを達成すると代わりに珍しい物を貰える。

 これから行く五階層を飛ばして六階層は、地下に秘密の遺跡があり、その中に財宝やら鉱石やらが眠っている……のだが、既に六階層に住んでいたエルダードワーフによって荒らされてしまっていてほとんど残っていない。

 とまぁ、最初に来たときは全然気付かなかった隠し要素がいっぱいある修行空間だ。


 僕はアウラと手を繋いでダンジョンに続く扉を潜った。

 ここの扉を潜ることで、行ったことのある階層に移動することができる。

 現在は六階層をクリアしたことがあるので七階層まで移動できるのだが、七階層に行くには僕の力不足のため立ち入ることはできない。


 五階層は迷宮風の階層だ。

 石造りの通路が迷路のように拡がっている。

 七年間で、百回以上通ったが、いまだにそのすべてを把握できていない。


「セージ、来たよ!」

「あぁ!」


 敵も僕に気付いたようだ。

 二足歩行のトカゲ人間――リザードマンの群れが五体。

 こちらに向かって来る。


「風の刃!」


 僕が構築魔法の術式を展開、発動する。

 不可視の風の刃がリザードマン一体の首を切り落とした。

 と同時に、弓を構えて矢を放つ。

 リザードマンの剣に弾かれた。

 やっぱり矢はどれだけ練習しても弾かれるか。


「アウラ、時間稼いで」

「わかった!」


 アウラが服の下から蔓を伸ばした。

 リザードマンの行く手を阻む蔓――リザードマンはその蔓を切ろうとするが、剣より丈夫な蔓は切り裂けない。

 僕はその間に魔法の第二射を放つ。


「風の刃っ!」


 ちょうど重なっていたリザードマン二体を同時に撃破。

 残り二体だ。

 さて――次は。

 僕は剣を抜く。

 この六年半。

 僕はそれなりに頑張ってきた。

 例えば、剣術も。


「アウラ、蔓を外して」

「わかった」


 リザードマンがこっちに向かって来る。

 最初は一対一で向かい合って剣で切り合うのも怖かった。

 だが、やっぱり僕はロジェ父さんの子供らしい。

 慣れてしまえば――


 いや、やっぱりまだ二体一はきつい!


「風の刃!」


 迫ってきた二体のうち一体を風の刃で倒し、僕の剣と最後の一体となったリザードマンの剣が交差した。

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