第二部(以下蛇足)

第239話 時は流れ

連載していたノベルピアというサイトが独占配信を終了したので、連載再開します。

後追いという形になりますがもしよければお読みください。

暫くは毎日更新、後日数日に一度の更新となります。

――――――――――――――――――――――


 ジルバスダル王国の北部に位置するスローディッシュ子爵領。

 決して豊かな土地というわけでもなければ、交易の要所というわけでもない。

 そんな領地が、いま国内でもっとも成長している領地であると言われている一つの理由は、スローディッシュ子爵家長男のセージ・スローディッシュ、つまり僕にあると言われている。

 僕――セージ・スローディッシュはこれまで数々の発見と発明をしてきた。

 娯楽道具や料理が中心だが、中にはこれまでにない新しい魔法術式や魔道具の理論といった専門家も舌を巻かずにはいられないような事柄にまで関わっている。

 そんな僕の正体は、なんてことはない。

 ただの日本からの転生者だ。


 元々、普通の大学生だったんだけど、新しい世界を創ろうとしている神様の卵のような存在に強制的に拉致され、世界を創るためのアドバイスとして、ゲームやライトノベルの話をした。そうして、この世界は誕生し、僕は世界を創るアドバイスを与えた功績により、記憶を保持したままこの世界に転生させられてしまった。

 特別なチートももらって。


「セージ兄さん。今日は何を作ってるの? また新しい料理?」


 厨房で作業をしている僕に尋ねた来月には六歳になる男の子の名前はレオン。

 僕と同じ黒髪に黒目の少年で、僕の弟でもある。

 手の甲には、何かの模様にも見える痣があり、実はこれ、勇者の証らしい。

 しかし、その痣の意味を知っているのは僕だけで、レオン本人も自分が勇者であることを知らない。


「うん、新しい料理――というか調味料だよ。今日はトンカツ用のソースを作ってるんだ。いやぁ、村でもいろんな作物が育てられるようになったから、やっとだよ」

「……あの、セージ兄さん。スパイスが大量に並んでいるように見えるんだけど、気のせい?」

「気のせいじゃないよ。ハーブにスパイスは大量に使うからね。ローリエに胡椒にクローブにタイムにオレガノ。セージにシナモン、ナツメグ、鷹の爪にタイム……は言ったから、パセリか」

「またロジェ父さんに怒られるよ?」


 そういえば、前にスパイスからスパイスカレーを作ったとき、かなり怒られたっけ。

 あれだけで大金貨が吹き飛ぶ値段だったからなぁ。

 実際のところは、スパイスは秘密のルートで入手しているのでそんなにお金はかかっていないんだけど。


「でも、トンカツ用のソースならロジェ父さんも喜ぶかな? ロジェ父さんトンカツ好きだし。今日の晩御飯に使うの? それともやっぱり明日?」

「……完成まで一カ月かかるから今日、明日は無理かな」


 初挑戦なので、「一カ月寝かせた完成品はこちらになります」の裏ワザも使えない。

 いや、実はひとつ今日中に一カ月寝かせたソースを完成させる裏ワザというかチートがあるんだけど、さすがにそれは僕にとってもデメリットが大きいので使えない。


「ていうか、明日の料理は自分では作らないよ」


 だって、明日は僕の十二歳の誕生日だから。

 誕生日の料理を自分で作って自分でお祝いってのは何か違う気がする。


「そうだ。セージ兄さん。ラナ姉さんから手紙が届いてたよ」

「へぇ、久しぶりだね」


 僕にはラナというのは、十四歳になった僕の姉の名前だ。

 王都の騎士学校に通っているが、かなり筆不精のため、ほとんど手紙を送ることはない。

 そのラナ姉さんからの手紙を受け取る。

 既に開封しているので、既にロジェ父さんたちは読んだのだろう。


「レオンはもう読んだの?」

「まだ。セージ兄さんと読もうと思って」

「そっか。じゃあ二人で読もうか」


 僕はそう言って封筒から手紙を出す。

 そこにはこう書かれていた。


『今度帰る ラナ』


 あぁ、本物だ。

 いつ帰るのかも、何日くらい滞在するのかも書かれていない。

 これを読んだロジェ父さんとエイラ母さんは盛大にため息を吐いていたに違いない。

 手紙なのに家名も入れてないなんて、さすがラナ姉さんだ。

 よく見ると、封筒に描かれている差出人の名前の筆跡、ラナ姉さんじゃなくて、一緒に王都に行ってるキルケの字だし。


「相変わらずだね、ラナ姉さん」

「そうだね。レオンは見習ったらダメだよ」

「はい」


 レオンが元気に頷く。

 うんうん、レオンだけが僕の希望だよ。

 いまからでも神に直談判してレオンの勇者認定を廃止してもらわないといけないな。

 神とはもう六年以上会っていないし、今後会う予定もないから無理かもしれないけどね。


 その日の夕食。

 具体的にラナ姉さんが帰ってくるのが三週間後であることがわかった。

 こうなることを予想して、王都にいるアリシアお婆ちゃんも手紙を送ってくれていたらしい。


「明日でセージも十二歳だね」


 僕の父親のロジェ父さんが言う。

 ロジェ父さん――ロジェ・スローディッシュは、僕と同じ黒髪だが、僕と違い肉体派の剣士。細マッチョ。タージマルト戦役の英雄の二つ名を持つこのスローディッシュ子爵領の領主だ。


「はい。この年まで大きな病気やケガもなく育つことができたのは、ロジェ父さんとエイラ母さんのお陰だと思っております」

「セージ、そういう面倒なのはいいから普通に話しなさい」


 人が感謝を伝えているのに、エイラ母さんが真面目に話すように指摘する。

 エイラ母さん――エイラ・スローディッシュ。見た目はまだまだ若いお姉さんって感じの金髪美人。自称二十代だけど、十四歳のラナ姉さんの母親なんだから、もうその自称は厳しくなってきてるんじゃないかと思う。十五歳でラナ姉さんを産んだことになってしまう。

 まぁ、貴族だと十五歳で婚姻はよくある話なので、絶対にないとは言い切れないけれど。


「で、ロジェ父さん。改まってどうしたの?」

「十二歳だし、セージもそろそろ冒険者登録をしてもいいんじゃないかって思ってね。ついでに、レオンとスライム退治をしてきたらどうだい?」

「あぁ、冒険者ギルドか……確かにそろそろ登録するのもありかな」

「ロジェ父さん、スライム退治に行っていいの!?」


 レオンは乗り気だな。

 普段は大人しいレオンだけれども、ラナ姉さんの稽古のお陰で剣の腕は五歳にしては優秀なんだよね。

 前から実践で試したいって言ってたし、ここまでやる気になってるのなら、止めるのもかわいそうか。


「うん、わかった。明日冒険者ギルドの登録とスライム退治に行ってみるよ」


 やれやれ、明日は忙しくなりそうだな。

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