第238話 スローライフはままならない(最終話)
今日は修行空間で祝勝会が行われた。
アウラだけは、あまり役に立てなかったと悲しんでいる。
彼女の出番は、森が燃えてしまったときに、その森を再生する役割だったから、出番がないに越したことがないのだけれど、本人が言うには自分だけ役に立てなかったのが嫌なんだそうだ。
それでも、一緒にリバーシをしたり竹とんぼで遊んでいるうちに嫌なことは忘れていた。
ハイエルフとエルダードワーフたちは酒盛りだ。
エルダードワーフたちは遠慮なく焼酎やマッコリといった前回出さなったものを中心に、全ての酒を飲み尽くす勢いで酒盛りをしていた。
さすがにエルダードワーフの蟒蛇っぷりにハイエルフたちもついていけないらしく、アルコール度数の高い飲み物には手を出さずにビールとワインで祝っている。
ゼロとアウラはジュースだ。
と、その時だった。
「いやぁ、盛り上がってるね、セージくん」
神の登場だ。
突然の神の登場だというのに、ハイエルフもエルダードワーフもアウラも、そしてゼロでさえも神の登場になんの反応も示さない。
まるで、僕以外が気付いていないように。
いや、おそらく本当に気付いていないのだろう。
この宴会のムードを壊さないための配慮かもしれない。
神の降臨なんて大事件が起きたら宴会どころじゃないからな。
「珍しいな。ゲーム部屋じゃなくこっちに来るなんて。僕の暴言について罰でも与えにきたのか?」
「ははっ、そうだね。どんな罰を与えたら君が一番苦しむか考えるのはした。君は覚悟ができているようだったから、他の者に罰を与えてそれを君への罰にしようかとも考えたけど……」
神は周囲を見回す。
まさか、アウラたちに手を出すつもりじゃ――
「僕はこれでも神だからね。慈悲は与えるさ。まずは修行空間の人間であるハイエルフやエルダードワーフを勝手に連れ出した罰として、七年間――君の十二歳の誕生日までダンジョンでのレベル上げは禁止だ。ダンジョンへの立ち入りは認めるが、魔物を倒しても経験値は入らないようにしてある」
「七年……十二歳の誕生日までか。長いな」
「短ければ罰にならないよ。あぁ、そうだ! 釣りで手に入る経験値は入手できるサービスをしておこう」
「釣りの経験値って、本当に微々たるものだったよな? ……いや、ありがとう。感謝するよ」
みんなで釣りに遊びに行くくらいの娯楽は残してあげるっていう慈悲なんだろう。
神の定めた修行空間のルールを破った代償としては、確かに破格の慈悲だ。
素直に感謝しよう。
「それで、暴言についての罰は?」
「君が死んだあとは神として生まれ変わってもらい、この世界の管理をしてもらおうかな?」
「うわ、それは嫌だな。絶対に退屈な生き方だろ。暇すぎて五歳の子供に何度も会いにくるような
「痛いところつくね。それが嫌なら、せいぜいがんばって魔王を倒してみるんだね。そうしたら普通に死なせてあげるよ」
魔王を倒したら普通に死ぬことができて、魔王を倒せなかったら死んだあとに神になる?
普通、逆な気もするけれど、そう言われたら頑張って魔王を倒そうと思えてくるのだから、神は僕の性格を理解しているようだ。
「セージ様、お野菜が焼けましたよ! 一緒に食べましょう」
リアーナが声を掛けてきた。
返事をしようとした次の瞬間には、神の姿はもうどこにもなかった。
文字通り神出鬼没だな。
「うん、すぐ行くよ!」
僕はリアーナに返事をしてから小さな声で、「ありがとう」と神に礼を言ったのだった。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
それから厳しい冬がスローディッシュ村を襲い、気付けば春が訪れ、僕は六歳に、ラナ姉さんは八歳になっていた。
冬の間も工事が進み、スローディッシュ領の村は、もう町と呼んでもいいほどに姿を変えていた。
間もなく、北の村の鉱山も本格的に稼働するそうなので忙しくなってくると思われる。
ロジェ父さんも子爵に陞爵し、元モリヤク男爵領も併合することになった。
モリヤク男爵の統治下にあるときはかなり悲惨な目にあっていた領内の村は、国王の直轄地になったときも改善されることがなかったため、代官となったクリトスにかなり仕事のしわ寄せがきているらしい。
そんな中、スローディッシュ家に新たな家族が増えた。
無事、エイラ母さんが男の子を出産。
僕に弟ができた。
名前はレオンと名付けられた。
ロジェ父さんや僕と同じ黒髪の子供で、とても可愛らしい。
「セージ、ちょっとレオンを見ていてね」
「はーい」
僕は返事をし、寝ているレオンを観察する。
どう見ても普通の赤ちゃんだ。
だが、一つだけ気になることがある。
「ふふふっ、レオン。僕にはわかってるんだよ? 君、実は転生者だろ?」
僕がレオンに尋ねる。
しかし、反応はない。
日本語がわからないのだろうか?
「アーユー……あれ? 転生者ってなんていうんだろ? んー、アーユーアナザーワールドヒューマン?」
レオンがあくびをした。
かわいい。
どうやら、レオンは僕の言葉の意味を理解していないようだ。
転生者じゃないらしい。
あと六年、修行空間でレベル上げもできないんだし、レオンにはしっかりスローライフ精神を叩きこんで、ラナ姉さんみたいな狂暴性を持たない大人しい男の子に育ててみせよう。
当然、目いっぱい可愛がってな。
「ふふふふふ……ってあれ?」
僕はレオンの手を見て違和感に気付く。
「ありがとう、セージ……どうかしたの?」
「えっと、エイラ母さん。レオンのこれなんだけど」
「あぁ、これね。一体なんなのかしらね? 気付いたらこうなってたのよ。回復魔法を使っても消えないし」
エイラ母さんは困ったようにレオンの手を握って言った。
その手の甲には、まるで何かの模様のような痣があった。
――まさか、レオンが魔王に対抗する唯一の存在、勇者だっていうのかっ!?
神のやつめ!
いくらなんでもそれはないだろうっ!
僕は心の中でそう叫んでいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
諸事情によりここで物語は完結のはずでしたが、その諸事情の事情が変わったため、まだ続きます。
蛇足としてお読みいただけたらと思います。
(2024年3月変更)
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