第237話 リエラの奇跡

 モリヤク男爵の挙兵から、一カ月が経過した。

 情勢は落ち着きを取り戻している。

 モリヤク男爵家は国家への虚偽報告と戦争を誘発しようとした罪により廃爵となり、さらなる処罰を検討しているとのこと。

 エイラ母さんが言うには、三親等までの処刑となるだろうとのことらしい。

 ただし、モリヤク男爵とムラヤク侯爵の繋がりが明らかにならず、ムラヤク侯爵家の処罰は嫌疑不十分として何もなかったが、暫くは表立って行動に移すことはないだろうとのこと。

 モリヤク男爵領は来年の春まで王の直轄地となり、来年の春にロジェ父さんが子爵に陞爵するときに渡されることになることに内定しているそうだ。

 これですべてが平和に終わったのかと言われたらそんなことはなく、今回の件が原因でエルフの中に人間への不信感が募っているらしい。


「だから、暫く人族との和平は難しそう。ごめんね、セージ。私はエルフの女王ではなく、相談役の立場だから強制はできない」


 エルフの現状を報告するために家にやってきたリエラさんがそう言って僕に謝罪する。

 

「謝らないでよ、リエラさん。悪いのは人間側こっちなんだから」

「そうよ。悪いのは全部モリヤク男爵よ」


 むしろ、あんなことがあったのにわざわざ報告に来てくれたことに感謝している。

 普通なら人間たちに裏切られたとか言って、賠償金を請求したりしてきそうなものだが、そんなこともなかったしね。


「でも、残念よね。エルフと仲良くなれると思ったのに」

「仕方ないよ。この国の建国以来、エルフと同盟関係になったこともないんだし」

「やっぱり人とエルフが仲良くなるのって奇跡のようなものなのかしら」


 ラナ姉さんが残念そうに言うと、リエラさんは優しい笑みを浮かべて首を横に振った。

 とても優しい笑みを。


「私は戦争の中で一つの奇跡を目にした。あれに比べればエルフが手を取り合えるなんて奇跡でも何でもない」

「それって、どんな奇跡なの?」

「幸せの奇跡」


 彼女はそう言うと部屋を出ていく。

 最後に「また会いましょう。友として」と言い残して。

 リエラさんが奇跡が何を言っているのかはだいたい予想がつく。

 彼女はあれを現実と思ったのか、それとも夢か幻の類と思ったのかはわからない。

 リアーナもリーゼロッテも天罰により既に死んだことになっているので、普通なら後者だろう。

 でも、本当は生きていると思ったら?

 探しても見つかるはずのないリアーナとリーゼロッテ捜しに永遠とも言える一生を費やすことになってしまったら申し訳ない。

 もしもリエラさんが二人を探しているとわかったら――その時はその時の僕に考えてもらおう


 問題を先送りにした僕は、ラナ姉さんと並んで話をした。


「そういえば、ロジェ父さん、明日には王都から帰ってくるのよね」

「知ってる。朝、エイラ母さんが話していたから」


 今朝手紙が届いた。

 それを読んだエイラ母さんがとてもご機嫌だった。

 ロジェ父さんはモリヤク男爵の捕縛後も王都で様々な仕事をさせられたらしい。

 ミントからの手紙も同封してあって、モリヤク男爵領で回収した魔道具人形の解析の手伝いもしたそうだけど、結局何もわからなかったと書いてあった。

 それと、来年には僕に会いにいくから、とても楽しみにしているとも。


「ロジェ父さんにトンカツ作ってあげたら?」

「疲れてるだろうからトンカツは重くない? いや、ロジェ父さんなら大丈夫か。でも、オーク肉がもうないよ?」

「私が狩ってきてあげるわよ」


 ラナ姉さん、最近レベルが一つ上がったらしく、オーク狩りも余裕らしい。

 ますます強さに磨きがかかっている。

 それに、最近は勉強も頑張っているってエイラ母さんも褒めていた。


「ちゃんとエイラ母さんに許可を貰ってから行くんだよ」

「わかってるわよ……その、セージ、残念だったわね」

「本当だよ。災害救助も、本当にエルフの強硬派の仕業だった場合、今後の和解が少しでもうまくいくように被害者をできるだけ減らそうと頑張ったのに、やっぱりモリヤク男爵の自作自演だったわけだし、そのモリヤク男爵のせいでエルフの森の通行許可も台無しに。はぁ、海産物が、米が手に入るのはいつになることか」


 僕はそう言って項垂れる。

 それを聞いて、ラナ姉さんは目を丸くして尋ねた。


「え? あんた、土砂災害の救助に行ったのも戦争を止めようとロジェ父さんにいろいろと言ってたのも、全部お米と海産物のためだったの?」

「うん、そうだよ? もちろん、戦争は嫌だけど、目的も無しに止めようとは思わないよ。今回だって辛かったんだから。人の死ぬところなんて見たくないよ」

「人が死ぬところが見たくないから、災害現場に行ってみんなを助けようとしたんじゃないの?」

「人が死ぬところを見るのがいやだったら、人が死ぬところに行かないのが一番だよ? 全部お米と海産物のためだって!」

「あんたってやつは……少し見直した私がバカみたいじゃない!」

「え? ラナ姉さんは確かに最近勉強頑張ってるみたいだけど、バカみたいじゃなくて――待って❕それ以上は言わないから暴力反対!」

「あんたってやつはぁぁぁぁあっ!」


 ラナ姉さんが本気で怒った。

 最近は勉強を本気で頑張っているから大人しくなったと思ったのに。

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